Vinyl Record Reviews
Quincy Jonesは、アメリカのレコード・プロデューサー、指揮者、編曲家、映画音楽作曲家、テレビ・プロデューサー、そしてトランペッターだ。1933年3月14日に米国イリノイ州シカゴで生まれ、2024年11月3日にロサンゼルスで亡くなっている。Funk / Soulを軸に、FunkやDiscoの文脈でもよく名前が挙がる人物だ。
ジョーンズの最初期の記録として知られているのは、1951年5月にLionel Hamptonの78回転盤でトランペット奏者兼アレンジャーとして参加した仕事だ。ここから、演奏だけでなく編曲や制作の側でも動ける音楽家としてキャリアを広げていく。
1947年、14歳のときにシアトルでRay Charlesと出会ったことも、彼の音楽人生を語るうえで外せない。ブラック・エルクス・クラブでの共演をきっかけに親交を深め、当時から作曲や編曲の感覚を持っていたチャールズが、若いジョーンズに音楽の書き方を教えたとされる。この関係はその後も続き、ジョーンズはRay Charlesについて特別な存在として語っている。
Quincy Jonesは、自身の作品だけでなく、数多くのアーティストを手がけたプロデューサーとして知られている。対象になったジャンルも幅広く、jazz、soul、funk、popなどをまたいでいる。制作に関わった主な名前としては、Michael Jackson、Dinah Washington、Roland Kirk、Sarah Vaughan、Rufus & Chaka Khan、George Benson、The Brothers Johnson、Donna Summerなどが挙がる。
なかでもよく知られているのが、Michael Jacksonのアルバム『Off the Wall』(1979年)、『Thriller』(1982年)、『Bad』(1987年)の制作だ。特に『Thriller』は、彼のプロデューサーとしての仕事を語るときに頻繁に参照される作品だ。
1985年1月28日にロサンゼルスで行われた「We Are the World」のレコーディングも、Quincy Jonesのキャリアを示す出来事としてよく取り上げられる。Michael JacksonとLionel Richieが作曲し、Harry Belafonteの呼びかけでアフリカ飢饉救済のために集まった46組のアーティストたちを前に、ジョーンズは制作をまとめた。
このセッションでは、スタジオの入口に「エゴは置いてきてくれ」と貼り紙をしたという話が残っている。Lionel Richieは、ジョーンズが混乱した現場をうまく統率していたと振り返っている。この曲は大きく売れ、6000万ドル以上の人道支援金を集めたとされる。
ジョーンズは1993年にVibe誌を立ち上げている。音楽制作だけでなく、メディアの場でも活動していたことがわかる。さらに、Quincy Jones Productions、Quincy Jones Productions, Inc.、Quincy Jones Music Publishingといった関連組織の名前も残っている。
家族では、Peggy Liptonとの間に女優のRashida JonesとKidada Jonesがいる。また、映画・音楽プロデューサーのQuincy Jones III、Ulla Jonesとの間にダンサー/モデルのMartina Jonesがいる。
Quincy Jonesは、演奏家として出発し、編曲家、プロデューサー、作曲家として活動の幅を広げた人物だ。自分の作品を持ちながら、他のアーティストの作品でも大きな役割を果たしている。FunkやSoulの文脈で語られることが多い一方で、実際にはジャズからポップまでかなり広い範囲に関わっている。
音楽好きのあいだでは、作品単体だけでなく、誰と組んだか、どの現場をどうまとめたかまで含めて語られることが多い。Quincy Jonesの場合、その両方の情報がはっきり残っているのが特徴だ。