Vinyl Record Reviews
The Niceは、1960年代後半のイギリスで活動したロック・バンドだ。ジャンルとしてはロックに分類されるが、実際にはポップ・ロックやシンフォニック・ロックの要素を取り込み、クラシック音楽とロックをつなぐ試みを早い段階で進めていたグループとして知られている。
活動の中心にいたのはキーボード奏者のKeith Emersonで、彼の演奏と発想がバンドの性格を強く形づくっていた。メンバーにはBrian Davison、David O'List、Lee Jackson、Ian Hagueがいた。
The Niceは、もともとソウル・シンガーのP.P. Arnoldのバック・バンドとして始まった。結成から4カ月ほどでArnoldから独立し、The Niceとして活動を続けるようになる。
バンド名については諸説あるが、同じくImmediate Recordsに所属していたSmall Facesの楽曲「Here Come The Nice」に由来する、あるいはその曲名を聞き違えたことから名付けられたという話が伝えられている。Immediate Records周辺の人脈の近さを示すエピソードとして紹介されることが多い。
The Niceの特徴は、ロックの編成にクラシック音楽の素材を持ち込んだ点にある。Keith Emersonはモーツァルト、バッハ、シベリウス、チャイコフスキーなどの楽曲を引用し、それをロックの長尺インストゥルメンタルに組み込んでいった。
たとえば、バッハの《ブランデンブルク協奏曲第3番》をもとにした「Acceptance Brandenburger」のように、クラシック曲をそのまま演奏するのではなく、ロック・バンドとして再構成しているのがポイントだ。ジャズやクラシックとの接点を広げながら、ロックの形式を押し広げていく方向性が見える。
The Niceは、ライブ・バンドとしても注目を集めた。Emersonは銀色のラメ衣装を着て登場し、ハモンド・オルガンにナイフを突き立てて異音を出すなど、かなり過激なパフォーマンスを行っていた。
Leonard Bernsteinの「America」をアレンジした演奏では物議を醸した。ロイヤル・アルバート・ホールでこの曲を演奏した際、アメリカ国旗のレプリカを燃やそうとしたことが話題になり、Bernstein側が米国でのリリースを止めようとしたという経緯も残っている。
1967年9月、ドラマーのIan HagueがBrian "Blinky" Davisonに交代する。ギタリストのDavid O'Listは不安定な状態が続き、Ars Longa Vita Brevis のリリース前に脱退した。
メンバーが減ってトリオ編成に近づくことで、The Niceはさらに自由にロック、ジャズ、クラシックの融合を進めていく。Ars Longa Vita Brevis や Five Bridges はイギリスでは一定のヒットを記録した。
一方で、アメリカでは大きな成功にはつながらなかった。1969年、Emersonはアメリカ・ツアー中にGreg Lakeと出会い、1970年にThe Niceを解散する。商業的な伸び悩みが背景にあったとされている。
その後EmersonはGreg Lake、Carl PalmerとともにEmerson, Lake & Palmerを結成し、The Niceで進めていたクラシックとロックの融合をさらに発展させた。
Lee JacksonはJackson Heightsを結成し、1970年から1973年にかけて4枚のアルバムを残した。Brian Davisonは短命なEvery Which Wayを経て、1970年代半ばにはGongの編成にも加わっている。
またDavisonとJacksonはPatrick Morazを迎えてRefugeeを結成したが、MorazがYesに加入することになり、バンドは短命に終わった。
2002年と2003年には、Emerson、Jackson、Davisonが再集結し、イギリスで一度限りのThe Niceツアーを行っている。
The Niceは、Keith Emersonのキーボードを軸に、ロックとクラシックを結びつけた初期のバンドとして位置づけられている。商業的な成功は主にイギリスに限られたが、後のプログレッシブ・ロックに通じる発想を早い時期から実践していた点は重要だ。
Emerson, Lake & Palmerへつながる流れを考えると、The NiceはKeith Emersonの実験の出発点として見ることができる。ロックの枠の中でクラシックをどう扱うか、その方法を具体的に示したバンドとして、今も資料的な価値が高い存在だ。