Vivien Vee

Vinyl Record Reviews

Vivien Vee

Vivien Veeとは

Vivien Veeは、イタリア・トリエステ出身の歌手/モデルだ。1950年代ではなく1960年5月2日生まれで、本名はヴィヴィアーナ・アンドレアッティーニ。18歳のときに、後にGoblinで知られるクラウディオ・シモネッティとジャンカルロ・メオに見出され、1979年にデビューした。

デビューと初期の活動

彼女のデビュー作は、1979年にBanana Recordsから出た「Give Me a Break」だ。この曲は世界的なディスコ・ヒットになり、1980年には全米ダンス・クラブ・チャートで10位を記録している。デビュー・アルバムも同じく「Give Me A Break」で、ジャケットはクロード・ゴリアルが手がけた。

この時期のVivien Veeは、電子ディスコ寄りの制作と、当時のイタロ・ディスコの流れの中で注目された存在として扱われている。プロデュース面では、シモネッティとメオが関わっていた。

音楽性と代表曲

Vivien Veeの音楽は、Electronic、Funk / Soulを軸に、Disco、Italo-Discoの要素が前に出ている。曲ごとにシンセサイザーの使い方やビートの組み方がはっきりしていて、80年代初頭のダンス・ミュージックらしい作りになっている。

  • 「Give Me a Break」(1979)
  • 「Pick-Up」(1981)
  • 「Higher」(1983) ※イタリア・チャート36位
  • 「Americano」(1984)
  • 「Remember」

「Higher」はイタリアでチャート入りしていて、彼女の代表的なシングルのひとつとして扱われることが多い。「Remember」は2005年のビデオゲーム『The Warriors』で使用されている。

1980年代後半までの活動

Vivien Veeは1989年にX-Energy Recordsから最後の12インチ・シングルをリリースしている。その後は表立った新作発表は少なくなるが、彼女の楽曲はイタロ・ディスコの再発盤やコンピレーションで継続的に取り上げられている。

イタロ・ディスコでの位置づけ

Vivien Veeは、イタロ・ディスコを語るときに外しにくい女性シンガーの一人として見られている。特に「Give Me a Break」のヒットで早い段階から名前を広め、その後のシングル群でも80年代イタリアのダンス・ミュージックの流れに沿った活動を続けた。

現在も公式サイトやSNS、YouTubeチャンネルを通じて情報を追えるほか、再発盤や編集盤で楽曲に触れやすい状態が続いている。イタロ・ディスコの入口としても、当時のシーンを確認するためのアーティストとしても押さえておきたい存在だ。

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