Massive Attack

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Massive Attack

Massive Attackとは

Massive Attack(マッシヴ・アタック)は、1988年にイングランド南西部の港湾都市ブリストルで結成された音楽ユニットだ。創設メンバーはRobert “3D” Del Naja(ロバート・“3D”・デル・ナジャ:ボーカル、キーボード、プログラミング、プロデュース、アートワーク)、Grant “Daddy G” Marshall(グラント・“ダディ・G”・マーシャル:ボーカル、DJ、プロデュース)、Andrew “Mushroom” Vowles(アンドリュー・“マッシュルーム”・ヴォウルズ:ターンテーブル、キーボード、プロデュース、1999年脱退)、および初期メンバーでラッパーのAdrian “Tricky” Thaws(エイドリアン・“トリッキー”・サーズ、1994年脱退、2016年再共演)で、現在の正式ラインナップは3DとDaddy Gの2人組となっている。

ブリストルの現場から生まれたユニット(The Wild Bunch〜1990年)

母体となったのは、1982年にブリストルでNellee Hooper(ネリー・フーパー)、DJ Milo(DJマイロ)、Daddy Gらを中心に結成され、のちにグラフィティ・アーティスト/ラッパーの3D、DJのMushroom、ラッパーのTricky、シンガーのShara Nelson(シャラ・ネルソン)らも参加したサウンドシステム集団「The Wild Bunch(ザ・ワイルド・バンチ)」だ。パンク、レゲエ/ダブ、R&B、黎明期のヒップホップを自在にミックスするThe Wild Bunchは、1980年代半ばのブリストルのクラブ・シーンで大きな存在感を示した。

グループ名の「Massive Attack」は、1985年にニューヨークのグラフィティ・クルー「TATS CRU」のBrim、Bio、Balogunらがブリストルのセント・ポールズ地区にあるマルコムXセンター(Malcolm X Centre)を訪れて壁画(ピース)を描いた際、Brimが作品の下にスプレーで書き記したスローガン「Massive Attack」に由来する。当時「3D」のタグで活動する新進気鋭のグラフィティ・アーティストだったデル・ナジャは、この言葉を当初レコード・レーベル名として使い始め、のちにグループ名へと転用した。

The Wild Bunch解散後、1988年に3D、Daddy G、Mushroom、TrickyによってMassive Attackが始動し、同年にブリストルのユニットSmith & Mighty(スミス&マイティ)との共同プロデュース、Carlton McCarthyのボーカルによる自主制作シングル「Any Love」でデビューした。翌1989年には、3DがNeneh Cherry(ネナ・チェリー)のアルバム『Raw Like Sushi』収録曲「Manchild」(全英5位)をプロデューサーのJonny Dollar(ジョニー・ダラー)と共作し、Mushroomも同作に参加している。

『Blue Lines』とトリップ・ホップの誕生(1991〜1993年)

ネナ・チェリーとそのパートナーであるプロデューサー/マネージャーのCameron McVey(キャメロン・マクヴェイ、別名Booga Bear)は、「Cherry Bear」組織を通じて資金と録音場所(自宅スタジオ)を提供してMassive Attackの1stアルバム制作を全面支援し、グループは1990年にCirca Records(ヴァージン・レコード傘下)と契約した。

1991年4月8日にリリースされたデビュー・アルバム『Blue Lines(ブルー・ラインズ)』(全英13位)は、Jonny Dollarとの共同プロデュースのもと、ヒップホップのブレイクビーツやサンプリング手法にダブの重低音、ソウル、レゲエ、エレクトロニクスを融合させ、のちに「トリップ・ホップ(Trip Hop)」あるいは「ブリストル・サウンド」と呼ばれる音楽潮流の出発点となった作品だ。3D自身は制作を振り返り、「クリスマスとワールドカップの休暇を挟みながら約8か月かけて作業したが、『Safe from Harm』や『Lately』のようにThe Wild Bunch時代から最大7年間温めていたアイデアが元になっている。一方で『Five Man Army』のようにジャムから生まれた曲もあった」と語っている。

ボーカルにはThe Wild Bunch時代からの仲間であるShara Nelson、ジャマイカのレゲエ・シンガーHorace Andy(ホレス・アンディ、以後全スタジオ・アルバムに参加する常連コラボレーターとなる)、Tricky、Tony Bryanらを起用し、ネナ・チェリーも「Hymn of the Big Wheel」にバッキング・ボーカルで参加した。なかでもアビー・ロード・スタジオで録音されたWil Malone(ウィル・マローン)編曲のストリングスとShara Nelsonの歌声をフィーチャーした2ndシングル「Unfinished Sympathy」(全英13位、オランダ1位)は、ロサンゼルスの街並みをワンカット長回しで撮影したBaillie Walsh監督のミュージック・ビデオとともに90年代を代表する1曲となった。なお、1991年初頭の湾岸戦争の期間中、BBCラジオ等の放送自粛圧力への配慮から、マネージャーの助言により一時的にグループ名を「Massive」と短縮してクレジットしていた(「Safe from Harm」リリース時に「Massive Attack」へ戻された)。

『Protection』と自主レーベル「Melankolic」設立(1994〜1997年)

1994年9月26日には、かつてのThe Wild Bunchの盟友Nellee HooperやThe Insects、Marius de Vriesらを共同プロデューサーに迎え、2ndアルバム『Protection(プロテクション)』(全英4位)を発表した。ゲスト・ボーカルにはEverything But the GirlのTracey Thorn(トレイシー・ソーン、タイトル曲「Protection」[全英14位]や「Better Things」を担当)、ナイジェリア系英国人シンガーのNicolette(ニコレット、「Sly」「Three」)、Horace Andy(「Spying Glass」「Light My Fire」)、そしてTricky(「Karmacoma」[全英28位]、「Eurochild」)を迎え、スコットランドの作曲家Craig Armstrong(クレイグ・アームストロング)がピアノとストリングス編曲を手がけた。

翌1995年には、ダブの巨匠Mad Professor(マッド・プロフェッサー)が『Protection』を丸ごとダブ解体・再構築したリミックス・アルバム『No Protection』(Massive Attack vs. Mad Professor名義、全英10位)を発表。1996年のブリット・アワードでは「最優秀ブリティッシュ・ダンス・アクト」を受賞した(一方でDaddy Gは、メディアが名付けた「トリップ・ホップ」という呼称について「自分たちの音楽は唯一無二だと思っていたから、箱に押し込められるようで当時はあの言葉が本当に大嫌いだった」と後年のインタビューで振り返っている)。

『Protection』発表後、Trickyは『Blue Lines』のクレジット問題や自身のソロ・キャリア(1995年の『Maxinquaye』)に専念するためグループを離れた。また1995〜1996年にはVirgin/EMI配給のもとで自主レーベル「Melankolic(メランコリック)」を立ち上げ、Craig Armstrong、Horace Andy、Alpha、Sunna、Day One、Lewis Parkerらの作品をリリースした。この時期、映画『バットマン・フォーエヴァー』(1995年)のサントラ提供曲「The Hunter Gets Captured by the Game」(Tracey Thorn歌唱)の録音を通じてエンジニア/プロデューサーのNeil Davidge(ニール・デーヴィッジ)と出会い、以後長年にわたる制作パートナーとなった。

『Mezzanine』の世界的成功とMushroomの脱退(1998〜2001年)

3rdアルバムの制作過程では、ヒップホップ/ジャズ・ファンク的なサンプリングを重視するMushroomと、Wire、Gang of Four、The Cure、Siouxsie and the Banshees、The Velvet Undergroundといったポスト・パンク/インダストリアル/ダーク・ロック色を強めようとする3Dの間で音楽性の対立が深刻化し、3人のメンバーが別々にスタジオに入ってNeil Davidgeと作業する緊迫した状況の中で録音が進められた。また、このセッションからギタリストのAngelo Bruschini(アンジェロ・ブルスキーニ、2023年10月に肺がんで死去)がレコーディングおよびライブの中心ギタリストとして加わっている。

1998年4月20日にリリースされた3rdアルバム『Mezzanine(メザニーン)』は、重く歪んだギターと深いダブ・ベース、緻密なデジタル編集が支配するダークで重厚な音像を打ち出し、全英アルバム・チャートでグループ初の1位(オーストラリア、アイルランド、ニュージーランドでも1位)を獲得。全世界で約400万枚を売り上げる最大のヒット作となり、1998年のQアワード最優秀アルバム賞を受賞した。

先行シングル「Risingson」(全英11位)に続き、Cocteau Twins(コクトー・ツインズ)のElizabeth Fraser(エリザベス・フレイザー)をボーカルに迎えた2ndシングル「Teardrop」は全英10位のヒットとなり、歌う胎児のアニマトロニクスを映したWalter Stern監督のMVや、米国の医療ドラマ『Dr.HOUSE(House M.D.)』のオープニング・テーマ曲としても広く知られた。そのほかHorace Andyが歌う「Angel」「Man Next Door」、映画『ジャッカル』(1997年)に提供され映画『マトリックス』(1999年)冒頭でも使用されたSarah Jay歌唱の「Dissolved Girl」、「Inertia Creeps」などを収録している。

しかし『Mezzanine』に伴う長期ワールド・ツアーの後、音楽的方向性の違いから1999年9月にAndrew “Mushroom” Vowlesが正式にグループを脱退した。なお、2019年4月には『Mezzanine』発売20周年を記念し、アルバムの音源データを合成DNAに変換してマットブラックのスプレー缶(1本あたり約100万コピー分のDNAを含有)に封入するというユニークな企画も発表されている。

『100th Window』から『Heligoland』へ(2002〜2011年)

Mushroomの脱退後、2001年にはDaddy Gも育児と私生活のため制作から一時離脱したため、4thアルバムは3DとプロデューサーのNeil Davidgeが主導して制作された。元SpiritualizedのメンバーらによるバンドLupine Howlとの初期ジャム・セッション音源を2002年初頭に一度すべて破棄してゼロから作り直し、2003年2月10日に発表された4thアルバム『100th Window』(全英1位)は、既存のサンプリングやカバーを一切使用せず、Sinéad O'Connor(シネイド・オコナー、「What Your Soul Sings」「Special Cases」等)、Horace Andy、Damon Albarn(デーモン・アルバーン、2D名義で「Small Time Shoot 'Em Up」に参加)を迎えた冷徹で内省的なエレクトロニック作品となった(映画『ブレイド2』サントラおよびシングルB面に収録されたMos Defとのコラボ曲「I Against I」のみDaddy Gが共作クレジットされている)。

2004〜2005年には3DとDavidgeがジェット・リー主演映画『ダニー・ザ・ドッグ(Unleashed)』(2004年)や『Bullet Boy』(2005年)などの映画音楽を手がけ、2006年3月にはベスト盤とレア音源集からなる2枚組コンピレーション『Collected』(全英2位、Terry Callierを迎えた新曲「Live With Me」や「False Flags」を収録)を発表。2008年6月にはロンドンのサウスバンク・センターで開催された「Meltdown Festival」のキュレーターを務め、Yellow Magic Orchestra(YMO)、Grace Jones、George Clinton、Vangelis、Stiff Little Fingersらを招聘した。

その後、当初『Weather Underground』という仮題で進められていた企画を改め、Daddy Gがスタジオに完全復帰して3Dとのデュオ体制で完成させた7年ぶりの5thスタジオ・アルバム『Heligoland(ヘリゴランド)』(ドイツ領ヘルゴラント島に由来、全英6位・ゴールドディスク認定)を2010年2月8日に発表。Horace Andy、Damon Albarn(「Splitting the Atom」「Saturday Come Slow」)、TV on the RadioのTunde Adebimpe(「Pray for Rain」)、Mazzy StarのHope Sandoval(「Paradise Circus」)、ElbowのGuy Garvey(「Flat of the Blade」)、Martina Topley-Bird(「Babel」「Psyche」)ら多彩なボーカリスト陣に加え、PortisheadのAdrian Utley(ギター)やJohn Baggott(キーボード)も参加した。同作に伴うツアーでは「FUJI ROCK FESTIVAL '10」最終日のグリーンステージ・ヘッドライナーも務め、翌2011年10月にはダブステップ音楽家Burial(ブリアル)との限定12インチ・コラボ作『Four Walls / Paradise Circus』を発表した。

近年のEP・視聴覚プロジェクトと社会・環境活動(2013年〜現在)

2016年1月、位置情報やカメラ、心拍数等に応じてリアルタイムで楽曲が変化するiPhoneアプリ「Fantom」の公開とともに、3DとEuan Dickinsonの共同プロデュースによる4曲入りEP『Ritual Spirit』を発表した。収録曲「Take It There」では1994年の『Protection』以来22年ぶりにTrickyが参加して話題を呼んだほか、スコットランドのグループYoung Fathers(「Voodoo in My Blood」)、Roots Manuva(「Dead Editors」)、Azekelが参加している。同年7月にはDaddy Gが単独プロデュースし、Hope Sandoval(「The Spoils」、MVには女優ケイト・ブランシェットが出演)とGhostpoet(「Come Near Me」)を迎えたシングル/EP『The Spoils』を発表した。

また、ドキュメンタリー映画監督Adam Curtis(アダム・カーティス)および視覚芸術集団United Visual Artists(UVA)とコラボレーションした実験的なオーディオ・ビジュアル公演(2013年のマンチェスター国際芸術祭『Massive Attack v Adam Curtis』、および2018〜2019年の『Mezzanine XXI』ツアー)も展開。2020年7月にはコロナ禍のロックダウン下で制作された視聴覚EP『Eutopia』を発表し、Algiers、Young Fathers、詩人のSaul Williamsとのコラボ曲に、パリ協定の立役者クリスティアナ・フィゲレスや経済学者ガブリエル・ズックマン、ガイ・スタンディングの提言とAIアーティストMario Klingemannの生成映像を組み合わせた。

Massive Attackは反戦運動(2003年のイラク戦争反対広告を3DとDamon Albarnが自費で『NME』誌に出稿)、難民・パレスチナ人道支援(Hoping FoundationやWar Childへの寄付)、環境問題への取り組みでも積極的に発言・行動してきた。2019年にはマンチェスター大学のティンダル気候変動研究センター(Tyndall Centre for Climate Change Research)に音楽業界のツアーによる二酸化炭素排出量の調査を委託し、2021年に脱炭素化ロードマップを公表。2024年8月24日にはブリストルのクリフトン・ダウンズにて、会場電力を100%再生可能エネルギー(バッテリー稼働)で賄い、公共交通機関での来場優遇や植物性食品のみの提供など25項目の環境対策を徹底した大規模野外公演「Act 1.5(Climate Action Accelerator)」を開催した(Elizabeth Fraser、Horace Andy、Young Fathersがゲスト出演)。2026年4月にはTom Waits(トム・ウェイツ)をフィーチャーした楽曲「Boots on the Ground」を発表し、同年7月には「FUJI ROCK FESTIVAL '26」のグリーンステージ・ヘッドライナーとして16年ぶりのフジロック出演を果たしている。

ジャンル・スタイル

Electronic Downtempo Dub Leftfield Trip Hop
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