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Otis Reddingは、アメリカのソウル歌手、ソングライター、プロデューサー、アレンジャー。1941年9月9日にジョージア州ドーソンで生まれ、1967年12月10日にウィスコンシン州マディソン近郊で飛行機事故により亡くなった。ジャンルはFunk / Soul、スタイルもFunkとSoulに分類される。
Reddingは、1960年代のアメリカ音楽で重要な役割を担った人物として知られている。活動初期から主に黒人リスナーを対象にした場で強い支持を集め、R&Bのチャートにも多数の楽曲を送り込んだ。生前に21曲のR&Bチャート入りを記録している。
1965年には、出版事業のRedwalを共同設立した。作家、歌手、プロデューサー、アレンジャーとして動いていた点も、単なるシンガーにとどまらないところだ。
楽曲面では「Respect」と「(Sittin' On) The Dock Of The Bay」が特に知られている。「Try a Little Tenderness」は、R&Bチャートを超えてポップ市場に近づいた例として挙げられ、最高順位はBillboard Hot 100で25位だった。
ただし、生前の段階では大きなクロスオーバーはまだ完成していなかった。そこに大きく関わるのが、1967年6月のモントレー・ポップ・フェスティバルへの出演だ。ここでReddingは、それまでの主な聴衆とは異なる白人主体の大きな観客の前で演奏し、強い反応を受けた。本人はこの新しい観客を「ラブ・クラウド」と呼んでいた。
Reddingは1967年12月の飛行機事故で急逝するが、その数か月後にリリースされた「(Sittin' On) The Dock Of The Bay」が、1968年3月16日にBillboard Hot 100で1位を獲得した。これは、死後にリリースされたシングルがアメリカのチャートで初めて1位になった例として記録されている。
生前には越えきれなかったポップ市場への壁を、この曲が本人不在の形で突破したことになる。Reddingの名前が今も頻繁に語られる理由のひとつが、この出来事にある。
Reddingの音楽は、ソウルを軸にしながら、ファンクの要素も含む形で整理される。楽曲はR&Bの文脈で受け止められつつ、歌い方やフレーズの置き方で強い推進力を持っている。作詞作曲だけでなく、プロデュースやアレンジにも関わっていたため、作品全体のまとまりがはっきりしている。
大きな特徴としては、R&Bチャートでの実績と、ポップチャートへの接近が同時に進んでいた点がある。完全なクロスオーバーには至らなかったものの、その途中経過が後のソウルやR&Bの展開に影響を残した。
Reddingは、1960年代アメリカのポピュラー音楽における重要人物のひとりとして扱われている。ソウルとR&Bの基礎を作ったアーティストとして、後続のミュージシャンに参照され続けている。
その評価は業界内でも早くから定着しており、1989年にロックの殿堂入り(Performer)、1994年にソングライターの殿堂入りを果たしている。作品単位でも人物単位でも、記録と記憶の両方に残っているアーティストだ。