The Doors

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The Doors

The Doors(ドアーズ)とは

ドアーズ(The Doors)は、1965年にアメリカ・カリフォルニア州ロサンゼルスで結成された伝説的ロック・バンドである。ジム・モリソン(ヴォーカル)、レイ・マンザレク(キーボード)、ロビー・クリーガー(ギター)、ジョン・デンズモア(ドラムス)の4人により構成され、1960年代後半のカウンターカルチャー運動において最も知的で、官能的かつダークなサイケデリック・ロックを打ち立てた。

ブルース、クラシック、フラメンコ、ジャズの語法を貪欲に融合させたサウンドと、ジム・モリソンの詩的でシャーマニックな詞世界により、全世界で1億枚以上のレコード・セールスを記録した。1993年にロックの殿堂入りを果たし、2007年にはグラミー賞特別功労賞(生涯業績賞)を受賞した。

結成の経緯とバンド名の由来:ヴェニス・ビーチの邂逅

バンドの創始は、UCLA映画学科の学生であったジム・モリソンとレイ・マンザレクが、1965年7月にカリフォルニア州ヴェニス・ビーチで偶然再会したことに端を発する。モリソンが自作の詩「Moonlight Drive」の詞を口ずさんだところ、その類まれなリリシズムに深く感銘を受けたマンザレクがバンド結成を持ちかけた。

マンザレクの兄弟のバンドにいたドラマーのジョン・デンズモア、さらに卓越したフィンガーピッキング技術を持つギタリストのロビー・クリーガーが合流し、不動の4人編成が確立された。バンド名は、作家オルダス・ハクスリーの幻覚体験記『知覚の扉(The Doors of Perception)』に由来し、ハクスリーが引用した18世紀の詩人ウィリアム・ブレイクの詩句「もし知覚の扉が清められるならば、すべてのものが人間にとってありのままに、無限に見えるだろう」から名付けられた。

特異な編成と音楽的特徴:ベーシスト不在の音響空間

ドアーズの最大の特徴の一つは、専任のベーシストを置かない独自のバンド編成にあった。レイ・マンザレクが左手でローズ・ピアノ・ベースを弾きながら強固なベースラインを刻み、右手でヴォックス・コンチネンタルやギブソンG-101といったオルガンを自在に操り、バロック音楽やキャバレー音楽の様式美を織り交ぜた重層的なキーボード・サウンドを構築した。

そこに、ロビー・クリーガーのフラメンコやボトルネック・スライド、インド古典音楽(ラーガ)の影響を受けた指弾きギターと、ジョン・デンズモアのジャズ仕込みの変則的かつ繊細なシンコペーション・ドラムが重なり合い、一般的なギター主導のロック・バンドとは一線を画す濃密な緊張感を生み出した。

フロントに立つジム・モリソンは、低音の豊潤なバリトン・ヴォイスとギリシャ神話・実存主義・精神分析を取り入れた劇的な詩情、そして「トカゲの王(The Lizard King)」と称されたディオニュソス的で野性的なステージ・アクションで観客を陶酔させた。

衝撃のデビューと黄金期の傑作群

ロサンゼルスのサンセット・ストリップにあった老舗クラブ「ウイスキー・ア・ゴーゴー」の専属バンドとして腕を磨いた彼らは、1966年にエレクトラ・レコードと契約した。1967年1月に発表されたファースト・アルバム『The Doors』は、全米チャート2位を記録しロック史を塗り替えた。

シングル「Light My Fire(ハートに火をつけて)」はビルボード・Hot 100で1位を獲得し、サマー・オブ・ラブを象徴するアンセムとなった。さらに同作の最後を飾る11分超の大作「The End」では、エディプス・コンプレックスをテーマにした劇的語りを取り入れ、フランシス・フォード・コッポラ監督の映画『地獄の黙示録』のオープニングに使用されるなど、ロックの表現領域を文学の深淵へと引き上げた。

同年秋にはセカンド・アルバム『Strange Days』を発表し、「People Are Strange」「Love Me Two Times」などをヒットさせた。1968年のサード・アルバム『Waiting for the Sun』ではバンド初の全米アルバム・チャート1位を達成し、「Hello, I Love You」が全米シングル1位を記録した。

動乱、マイアミ事件、そして『L.A. Woman』とモリソンの死

ブラスやストリングスを導入した意欲作『The Soft Parade』(1969年、「Touch Me」収録)を経て、1969年3月のマイアミ公演においてモリソンが公然わいせつ罪などで逮捕・起訴されるスキャンダルが発生した。演奏禁止や裁判闘争に直面する中、バンドはルーツである泥臭いブルース・ロックへの回帰を図り、『Morrison Hotel』(1970年、「Roadhouse Blues」収録)を発表して批評的復活を遂げた。

1971年、リハーサル・スペース「ドアーズ・ワークショップ」で生々しく録音されたアルバム『L.A. Woman』は、モリソン在籍時最後のスタジオ作であり、バンドの最高傑作の一つと称される。「Riders on the Storm」「Love Her Madly」、そして故郷ロサンゼルスへの訣別を歌った疾走感あふれるタイトル曲「L.A. Woman」など、円熟したブルース・ロックの極致を示した。

レコーディング完了後、詩作に専念するためパリへ渡ったジム・モリソンは、1971年7月3日、市内のアパートのアパートメント浴槽内で心不全のため27歳で急逝した。その遺体はパリのペール・ラシェーズ墓地に埋葬され、今なお世界中から訪れるファンの聖地となっている。

後世への巨大な影響と不滅のカリスマ性

モリソンの死後、残されたマンザレク、クリーガー、デンズモアの3人は『Other Voices』(1971年)と『Full Circle』(1972年)を発表した後に1973年に解散した。1978年には、モリソンが生前録音していた自作の詩の朗読テープに3人がバッキング・トラックを付けたアルバム『An American Prayer』を発表し、プラチナ・ディスクを獲得した。

ドアーズが提示した暗黒の詩情、破滅的な美学、そして演劇的なロック・パフォーマンスは、パンク・ロック(ザ・ストゥージズのイギー・ポップ、パティ・スミス)、ポスト・パンク/ゴシック・ロック(ジョイ・ディヴィジョンのイアン・カーティス、ザ・キュアー、エコー&ザ・バニーメン)、グランジ/オルタナティヴ・ロック(エディ・ヴェダー、スコット・ウェイランド)に至るまで、後世の反逆的ロッカーたちに計り知れない影響を与えた。

1991年にはオリヴァー・ストーン監督による伝記映画『ドアーズ』が公開されるなど、時代が移り変わってもその神秘的なカリスマ性は色褪せることなく、知覚の扉を開き続ける不滅の存在として語り継がれている。

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