Vinyl Record Reviews
キャメル(Camel)は、1971年にイングランドで結成されたプログレッシブ・ロック・バンドである。ギタリスト兼フルート奏者のアンドリュー・ラティマー(Andrew Latimer)とキーボーディストのピーター・バーデンス(Peter Bardens)を中心に結成され、英国叙情派プログレッシブ・ロックの最高峰として半世紀以上にわたり世界中で愛され続けている。超絶技巧の誇示に偏ることなく、繊細なメロディ、パストラル(田園的)な哀愁、そして物語性に満ちたシンフォニックな音響美学を確立した。
オリジナル・ラインナップは、アンドリュー・ラティマー(ギター/フルート/ボーカル)、ピーター・バーデンス(キーボード/ボーカル)、ダグ・ファーガソン(Doug Ferguson、ベース)、アンディ・ウォード(Andy Ward、ドラムス)の4人。1973年にMCAからセルフタイトルのアルバム『Camel』でデビューを果たした。
デッカ/デラム傘下のGamaレーベルへ移籍した1974年のセカンド・アルバム『Mirage(蜃気楼)』では、トールキンの『指輪物語』に着想を得た大曲「The White Rider」やバンドの代表曲「Lady Fantasy」を収録。ラティマーの泣きのギターとバーデンスの多彩なキーボード(ハモンドオルガン、モーグ、メロトロン)が織りなす劇的なインタープレイで一躍脚光を浴びた。
1975年には、ポール・ギャリコの短編小説を題材にした全編インストゥルメンタルのコンセプト・アルバム『The Snow Goose(白雁)』を発表。ロンドン交響楽団との共演を含む流麗な管弦楽アレンジとバンド・アンサンブルが高次元で融合した本作は、全英アルバム・チャート22位を記録しシルバー・ディスクを獲得する世界的ブレイクスルーとなった。
続く1976年の『Moonmadness(月夜の幻想曲)』では、メンバー4人の個性を音楽的に描写するコンセプトを展開。「Air Born」やジャズ・ロック的な名曲「Lunar Sea」などを生み出し、初期黄金期カルテットの完成形を示した。
『Moonmadness』ツアー後、元キング・クリムゾンのメル・コリンズ(Mel Collins、サックス/フルート)が参加。1977年初頭にはファーガソンが脱退し、キャラヴァン(Caravan)のリチャード・シンクレア(Richard Sinclair、ベース/ボーカル)が加入した。
カンタベリー・シーンの粋を吸収したバンドは、『Rain Dances(雨のシルエット)』(1977年)や『Breathless(ブレスレス〜百億の夜と千億の夢)』(1978年)において、洗練されたジャズ・ロックやポップな要素を巧みに取り入れた。しかし音楽的意見の相違からバーデンスとシンクレアが相次いで離脱。新たにコリン・ベース(Colin Bass、ベース)、元ハッピー・ザ・マンのキット・ワトキンス(Kit Watkins、キーボード)、元キャラヴァンのヤン・シェルハース(Jan Schelhaas、キーボード)を迎え、1979年に名作『I Can See Your House From Here(リモート・ロマンス)』を発表。哀愁のギター・インスト「Ice」はラティマーの真骨頂として今なお語り継がれている。
1981年、小野田寛郎元陸軍少尉の実話をモチーフにした重厚なコンセプト作『Nude』を発表するが、長年リズム隊を支えたアンディ・ウォードが健康上の理由から脱退し、ラティマーが唯一のオリジナル・メンバーとなった。契約履行のために外部ミュージシャンを大量動員した『The Single Factor』(1982年)を経て、1984年には冷戦下の東西ベルリンの悲劇を描いた名盤『Stationary Traveller』を発表。哀切極まるタイトル曲のギター・ソロはファンの間で伝説となった。
レコード会社やマネジメントとの法廷闘争を経て英国を離れたラティマーは、妻スーザン・フーヴァーとともに米カリフォルニアへ移住。完全な芸術的独立を守るため、1991年に自主レーベル「キャメル・プロダクションズ(Camel Productions)」を設立した。
ジョン・スタインベックの『怒りの葡萄』に材を取った『Dust and Dreams』(1991年)、アイルランド移民の悲哀を描いた『Harbour of Tears』(1996年)、砂漠を行くキャラバンの歩みをテーマにした『Rajaz』(1999年)、英国的パストラル・プログレの極致『A Nod and a Wink』(2002年)と、自主制作体制のもとで次々と名盤を世に送り出した。
2002年の盟友ピーター・バーデンスの急逝、そしてラティマー自身が真性多血症および骨髄線維症を患い骨髄移植手術を受けるという深刻な闘病生活を経験するが、2013年に奇跡的な快復を果たす。バーデンスへの追悼を込めた『The Snow Goose』新録版の発表とともにワールド・ツアーを再開。盲目のマルチ奏者ピーター・ジョーンズらを迎えた編成で日本公演を含む大規模ツアーを成功させ、現在に至るまで現役として熱狂的な支持を集めている。
キャメルの音楽的アイデンティティの核心にあるのは、ピンク・フロイドのデイヴィッド・ギルモアとも比肩されるアンドリュー・ラティマーの「泣きのギター」である。ブルースの情念とクラシックの気品を宿したそのトーンは、一音聴いただけでそれとわかる強い説得力を持つ。過度な難解さに走ることなく、詩情あふれる叙事詩と温もりあるメロディで人間の喜怒哀楽を描き続けたキャメルの足跡は、シンフォニック・ロックの歴史に永遠に刻まれている。