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ディープ・パープル(Deep Purple)は、1968年にイングランドで結成されたハード・ロック・バンドである。レッド・ツェッペリン(Led Zeppelin)、ブラック・サバス(Black Sabbath)とともに「ハード・ロック/ヘヴィ・メタル黎明期の三大巨頭(Unholy Trinity)」と称され、後世のロック・シーンに決定的な影響を与えた。全世界でのアルバム総売上は1億枚を超え、1970年代には「世界で最も大音量のバンド」としてギネスブックに認定された。2016年には「ロックの殿堂(Rock and Roll Hall of Fame)」入りを果たしている。
1968年、リッチー・ブラックモア(Ritchie Blackmore、ギター)、ジョン・ロード(Jon Lord、オルガン/キーボード)、イアン・ペイス(Ian Paice、ドラムス)、ロッド・エヴァンス(Rod Evans、ボーカル)、ニック・シンパー(Nick Simper、ベース)の5人によって結成された。デビュー・シングル「Hush」が全米4位のヒットを記録し、当初はアメリカを中心に高い人気を獲得する。
クラシック音楽の素養を持つジョン・ロードの構想のもと、1969年にはロイヤル・アルバート・ホールでロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団と共演したライブ盤『Concerto for Group and Orchestra(ディープ・パープル・アンド・ロイヤル・フィルハーモニック・オーケストラ)』を発表。ロックとオーケストラの本格的融合の先駆けとして大きな話題を呼んだ。
1969年、よりアグレッシブなロック・サウンドを求めてロッド・エヴァンスとニック・シンパーが脱退し、イアン・ギラン(Ian Gillan、ボーカル)とロジャー・グローヴァー(Roger Glover、ベース)が加入。ここにロック史に名高い「第2期(Mark II)」黄金ラインナップが完成した。
1970年のアルバム『Deep Purple in Rock』では、クラシックの要素を強靭なリフと超絶シャウトに昇華させた「Speed King」や「Child in Time」を収録し、一躍ハード・ロックのパイオニアとしての地位を確立。続く『Fireball』(1971年)で全英1位を獲得した。
1972年の最高傑作『Machine Head』は、スイス・モントルーのカジノ火災(フランク・ザッパのコンサート中に観客が放った信号弾による火災)の実体験をもとに生まれた不朽のギター・リフ曲「Smoke on the Water」や、クラシカルな速弾きソロが炸裂する疾走ナンバー「Highway Star」を収録し、世界的な大ヒットを記録した。同年8月の初来日公演を収めたライブ盤『Made in Japan(ライヴ・イン・ジャパン)』は、ブラックモアの神がかり的なギター・プレイとバンドの一切のオーバーダブ(録り直し)なしの即興演奏が刻まれ、「ロック史上最高のライブ・アルバム」として永遠の称賛を受け続けている。
1973年、メンバー間の確執からギランとグローヴァーが脱退。後任として無名の実力派デイヴィッド・カヴァデール(David Coverdale、ボーカル)とトラピーズのグレン・ヒューズ(Glenn Hughes、ベース/ボーカル)が加入し「第3期(Mark III)」が始動した。
1974年の『Burn(紫の炎)』はタイトル曲の激烈なリフとツイン・ボーカルの掛け合いで大ヒットを記録。続く『Stormbringer(嵐の使者)』(1974年)ではヒューズとカヴァデールの影響からファンクやソウルの色彩が強まり、これに不満を募らせたリッチー・ブラックモアが脱退してレインボー(Rainbow)を結成した。
1975年、アメリカ人ギタリストのトミー・ボーリン(Tommy Bolin)を迎えた「第4期(Mark IV)」で傑作『Come Taste the Band』を発表するが、薬物問題などによる混乱を経て1976年にバンドは解散。カヴァデールは後にホワイトスネイク(Whitesnake)を結成した。
1984年、第2期の黄金メンバー5人が集結し奇跡の再結成を果たした。アルバム『Perfect Strangers』はプラチナ・ディスクを獲得する大ヒットとなり、大規模なワールド・ツアーを成功させた。その後、ジョー・リン・ターナーを迎えた第5期『Slaves and Masters』(1990年)やギラン復帰を経て、1993年のツアー中にリッチー・ブラックモアが突如脱退(ジョー・サトリアーニが一時代役を務めた)。
1994年、アメリカの技巧派ギタリストであるスティーヴ・モーズ(Steve Morse、元ディキシー・ドレッグス/カンサス)が正式加入(第7期)。モーズの高度なテクニックと温厚な人柄により、バンドは四半世紀以上にわたる安定期を迎えた。2002年に創設メンバーのジョン・ロードが勇退し、ドン・エイリー(Don Airey)が加入(第8期)。名匠ボブ・エズリン(Bob Ezrin)をプロデューサーに迎えた2010年代以降の作品群(『Now What?!』『inFinite』『Whoosh!』)は、円熟した大人のハード・ロックとして欧州各国のチャートで首位を獲得した。
2022年、闘病中の妻を支えるためスティーヴ・モーズが脱退。アイルランド出身の実力派ギタリスト、サイモン・マクブライド(Simon McBride)が正式加入し、現在の「第9期(Mark IX)」体制となった。
2024年7月、ボブ・エズリンとの協働による通算23作目のスタジオ・アルバム『=1(Equals One)』をリリース。「複雑化する世界において、すべては究極の根源へと帰結する」という哲学を掲げた本作は、70年代の黄金期を彷彿とさせる獰猛なギター・リフとハモンド・オルガンの咆哮が炸裂し、結成55年を超えてなお現役ハード・ロックの最高峰に君臨していることを世界に知らしめた。
ディープ・パープルの最大の功績は、リッチー・ブラックモアのクラシカルな旋律感覚と、歪ませたマーシャル・アンプから轟くジョン・ロードのハモンド・オルガンが激突する独自のアンサンブルを確立したことにある。さらに、結成時から一度も離脱することなくスウィング感とドライブ感を支え続けるイアン・ペイスのドラミング、そしてギランの突き抜けるハイトーン・シャウトは、アイアン・メイデン、メタリカ、イングヴェイ・マルムスティーンら後世のヘヴィ・メタル/ハード・ロックのあらゆる世代にとって不滅の教科書となっている。