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ムーディー・ブルース(The Moody Blues)は、1964年にイギリス・バーミンガムで結成されたロック・バンドである。ロックに本格的なオーケストラ編成やメロトロンを導入し、シンフォニック・ロックおよびプログレッシブ・ロックの黎明期を切り拓いた先駆者として知られる。全盛期に発表された一連のコンセプチュアルなアルバム群は世界的な大ヒットを記録し、全世界で7000万枚以上のレコード・セールスを誇る。2018年には「ロックの殿堂(Rock and Roll Hall of Fame)」入りを果たした。
結成当初のバンドは、マイク・ピンダー(Mike Pinder、キーボード)、レイ・トーマス(Ray Thomas、フルート/ボーカル)、グレアム・エッジ(Graeme Edge、ドラムス)、デニー・レイン(Denny Laine、ボーカル/ギター)、クリント・ワーウィック(Clint Warwick、ベース)の5人により、アメリカのR&Bやブルース・ビートを演奏するグループとしてスタートした。1964年末にはベッシー・バンクスのカバー「Go Now!」が全英1位を記録する鮮烈な成功を収めた。
しかしその後、音楽性の転換期を迎えるなかで1966年にレイン(後にウイングスへ参加)とワーウィックが脱退。新たにシンガー・ソングライターのジャスティン・ヘイワード(Justin Hayward)とベーシストのジョン・ロッジ(John Lodge)が加入したことで、バンドの運命は劇的に変わる。ヘイワード、ロッジ、ピンダー、トーマス、エッジという不動の「黄金の5人組」が揃ったことで、従来のブルース・カバーから脱却し、格調高いメロディと哲学的な詩世界を融合させた独自のシンフォニック・アート・ロックを志向し始めた。
1967年、デッカ・レコード傘下のデラム(Deram)レーベルから発表されたセカンド・アルバム『Days of Future Passed(デイズ・オブ・フューチャー・パスト)』は、ロック史の潮流を決定づける革命的名盤となった。デッカの最新ステレオ録音技術「デラミック・サウンド・システム」のデモ盤としてオーケストラとの共演企画を依頼されたバンドは、プロデューサーのトニー・クラーク(Tony Clarke)とともに企画を大胆に再構築。ピーター・ナイト指揮のロンドン・フェスティバル管弦楽団を迎え、「ある市井の男の夜明けから夜更けまでの一日」を描く全編オリジナルの壮大なトータル・コンセプト・アルバムへと昇華させた。
ジャスティン・ヘイワードが書き下ろした「Tuesday Afternoon」や、アルバムのクライマックスを飾る不朽のバラード「Nights in White Satin(サテンの夜)」は、世界各国で大ヒットを記録した。さらに、マイク・ピンダーが当時最先端のテープ再生型鍵盤楽器「メロトロン(Mellotron)」をいち早く導入したことは、後のキング・クリムゾンやイエス、ジェネシスといったプログレッシブ・ロック勢に決定的な影響を与えた。
『Days of Future Passed』の成功を皮切りに、バンドは1967年から1972年にかけて「クラシック7」と称される7枚の傑作コンセプト・アルバムを立て続けに発表した。
東洋思想や神秘主義に接近した『In Search of the Lost Chord(失われたコードを求めて)』(1968年、名曲「Legend of a Mind」収録)、全英1位を獲得した『On the Threshold of a Dream(夢幻)』(1969年)を経て、バンドはザ・ビートルズのアップル・レコードに倣い、自らの理想の音作りと芸術的自由を追求すべく自主レーベル「スレッショルド・レコーズ(Threshold Records)」を設立した。
アポロ11号の月面着陸に触発された宇宙的叙事詩『To Our Children's Children's Children(子どもたちの彼方へ)』(1969年)、ライヴ演奏を意識してソリッドなバンド・サウンドへ回帰した『A Question of Balance(クエスチョン・オブ・バランス)』(1970年、全英2位のアンセム「Question」収録)、クラシカルな構築美を極めた『Every Good Boy Deserves Favour(童夢)』(1971年、全英1位・全米2位、「The Story in Your Eyes」収録)、そして全米ビルボード・チャートで5週連続1位を獲得した『Seventh Sojourn(セヴンス・ソジャーン)』(1972年、「I'm Just a Singer」収録)と、彼らは音楽的・商業的双方の絶頂を極めた。
1974年から一時的な活動休止に入り、ジャスティン・ヘイワードとジョン・ロッジによる連名作『Blue Jays』(1975年)など各自のソロ活動を展開した。1978年の『Octave』制作中に創設メンバーのマイク・ピンダーが脱退するが、バンドは元イエス〜レフュジーの超絶技巧キーボーディスト、パトリック・モラーツ(Patrick Moraz)を招聘して新体制を整えた。
1981年、モラーツを迎えて制作されたアルバム『Long Distance Voyager(ボイジャー〜天海冥)』が全米Billboard 200で初登場1位を獲得し、大復活を遂げる(シングル「The Voice」「Gemini Dream」がヒット)。さらに1986年にはデヴィッド・ボウイらとの仕事で名高い名匠トニー・ヴィスコンティ(Tony Visconti)をプロデューサーに起用したアルバム『The Other Side of Life』を発表。哀愁のメロディとモダンなシンセ・ポップ・サウンドを融合させたシングル「Your Wildest Dreams」は全米9位を記録し、MTVを通じて新世代のリスナーを獲得した。1988年にもヴィスコンティ制作による「I Know You're Out There Somewhere」がヒットを記録し、80年代アリーナ・ロック・シーンでも確固たる存在感を示した。
ムーディー・ブルースのサウンドは、ジャスティン・ヘイワードの気品あるヴォーカルとロマンティシズムに満ちたメロディ、ジョン・ロッジの躍動するベースライン、レイ・トーマスの詩情あふれるフルート、マイク・ピンダーによる荘厳なメロトロンの響き、そしてグレアム・エッジが紡ぐ深遠なポエトリー・リーディングとドラミングが重なり合って生まれた唯一無二のものであった。
クラシックとロックの垣根を取り払い、アルバム全体をひとつの物語として編み上げるコンセプチュアルな作品作りは、後世のプログレッシブ・ロック、シンフォニック・ロック、アンビエント・ポップの礎となった。主要メンバーの逝去を経た現在も、その重厚かつ優美な音楽の魅力は色あせることなく世界中の音楽ファンに愛され続けている。