Bruce Springsteen - Greetings From Asbury Park N.J (1973)
Bruce Springsteen『Greetings From Asbury Park, N.J.』日本盤再発(1980年)
ブルース・スプリングスティーンのデビュー作『Greetings From Asbury Park, N.J.』は、1973年に発表された1枚で、後の大ブレイクを知っている耳で聴くと、その出発点の鮮明さがよくわかる作品だ。まだ「ザ・ボス」という呼び名が広く定着する前の時期で、作品全体には若い勢いと、言葉を詰め込んでいく書き方がそのまま刻まれている。のちの『Born to Run』以降の大きなスケール感とは少し違い、ここではまず、歌詞の運びと語り口そのものが前面に出ている。
この日本盤はCBS/Sonyから1980年に出た再発盤で、25AP 1272の番号が付いている。オリジナルの1973年盤とは時期が異なり、当時の日本盤らしく、帯付きで二つ折りのインサートが入り、ギミック仕様のポストカード風カバーになっているのが特徴だ。見た目の作り込みも含めて、洋楽LPの再発がまだ丁寧に扱われていた時代の一枚という印象がある。黒と青を基調にした左帯の仕様も、コレクション面で目を引く要素だろう。
デビュー作としての位置づけ
本作は、スプリングスティーンが最初に世に出したアルバムであり、ニュージャージー州アズベリー・パーク周辺の空気感を、人物描写と街の風景で組み立てた作品として知られている。録音は1972年、ニューヨーク州ブルーラフトの914 Sound Studiosで行われ、プロデューサーはMike AppelとJim Cretecos。まだ当時の期待値が「弾き語り寄りのソングライター像」に寄っていた一方で、実際にはバンド感のある演奏と、言葉の密度の高い曲作りが前に出ている。
商業的な立ち上がりは強くなかったが、批評面では早くから評価されていた。のちにブレイクしてから再び注目され、じわじわと位置づけが上がっていったタイプのアルバムで、初期スプリングスティーンの原点を見るにはわかりやすい1枚だ。60年代末から70年代初頭のアメリカン・ロックやシンガーソングライター文脈の中で語られることも多く、ボブ・ディラン以降の言葉中心のロックを、より若い感覚で更新しようとした流れの中に置ける。
聴きどころ:言葉の密度とバンドの推進力
実際に聴くとまず目立つのは、歌の情報量の多さだ。ひとつの曲の中に、人物、街角、会話、移動の場面が次々と入ってくる。言葉が前に出る一方で、演奏は軽く流れるだけではなく、曲の起伏をしっかり作っている。ギター、ピアノ、サックスが場面転換のように働き、スプリングスティーンの声がその上を走る構図。のちの作品ほど大きくはないが、すでに「語りながら進むロック」の骨格ははっきりしている。
AllMusicなどでも触れられているように、ディラン的な語りの手触りを感じる部分はあるが、単純な模倣ではなく、ニュー・ジャージーのローカルな空気を前景に置いている点がこの作品らしい。Asbury Parkという地名が持つ具体性が、アルバム全体の輪郭を作っている。抽象的な青春像ではなく、場所の名前がそのまま記憶の単位になっている印象だ。
注目曲1:「Blinded by the Light」
このアルバムで最も知られた曲が「Blinded by the Light」だろう。後年、Manfred Mann's Earth Bandのカバーで広く知られることになるが、オリジナルのスプリングスティーン版は、より言葉の奔流そのものに近い。フレーズが次々と折り重なり、情景が断片的に入れ替わっていく。メロディを追うというより、語りの勢いに引き込まれるタイプの曲だ。
演奏面では、ピアノやサックスが曲の流れを押し出し、若いデビュー作らしい前のめりの感触がある。のちのライブでは長く育っていく曲だが、この初出時点では、まだ完成された大作というより、スプリングスティーンの書き方の特徴がそのまま露出した1曲といえる。歌詞の運動量が、そのまま作品の顔になっている。
注目曲2:「Spirit in the Night」
「Spirit in the Night」も、この時期のスプリングスティーンを理解するうえで外せない。こちらは「Blinded by the Light」よりも少し開けた感触があり、登場人物の輪郭が見えやすい。仲間うちの夜の移動、遊び、ちょっとした逸脱といった場面が、細かい描写で続いていく。短編小説のような作り方に近い。
この曲では、後のE Street Bandにつながる演奏の感覚も感じ取りやすい。単に歌を支えるだけでなく、場面の温度を上げる役割を果たしている。大きなヒット曲として単独で語られることは少ないが、初期スプリングスティーンの「人物を動かしながら曲を進める」書法がよく出ている曲だ。
日本盤再発としての見どころ
1980年のCBS/Sony盤は、1973年のオリジナル盤を日本で改めて流通させた再発で、当時の国内リリースらしい仕様の良さがある。帯、両面インサート、ポストカード風のギミックカバーといった要素は、単なる音源の再利用ではなく、輸入盤文化と国産プレスの折衷として楽しめる部分だ。ジャケットの遊びがそのまま作品の「Greetings」というタイトルとも呼応しているように見える。
録音時点ではまだ若い作家の出発点だったが、再発盤として手に取ると、その後の長いキャリアの入口としての重みも感じやすい。1973年の初出時にはまだ見えにくかった要素が、のちの成功を経て、より立体的に聞こえる。『Greetings From Asbury Park, N.J.』は、派手な完成度で押すアルバムではなく、スプリングスティーンの書き方と歌い方の原型を、そのまま記録した作品として印象に残る。
トラックリスト
- A1 Blinded By The Light
- A2 Growin' Up
- A3 Mary Queen Of Arkansas
- A4 Does This Bus Stop At 82nd Street?
- A5 Lost In The Flood
- B1 The Angel
- B2 For You
- B3 Spirit in The Night
- B4 It's Hard To Be A Saint In The City