DJ Shadow - Endtroducing..... (1996)
DJ Shadow『Endtroducing.....』(1996)レビュー
DJ Shadowの『Endtroducing.....』は、1996年にMo WaxからUK & Europe盤として登場したデビュー・アルバムで、サンプリングを軸に組み立てられたインストゥルメンタル作品として知られている。ヒップホップを土台にしながら、ジャズ、ロック、アンビエント、ダウンテンポの要素を細かく切り分けて再配置していく作りで、いわゆる“DJのアルバム”という枠をかなり押し広げた一枚だ。DJ Shadowは当時すでにMo’ Wax周辺でシングルやリミックスを発表していたが、アルバムとしてのまとまりを持った作品はこれが初出になる。
録音はサンフランシスコのThe Glue Factoryで行われている。ジャケットやクレジットの情報からも分かる通り、素材の選び方と編集の積み重ねが作品の中心にある。レコード盤では1曲ごとのつながりが強く、A面からD面まで通して聴くと、単独のトラック集というより、ひとつの長い組曲のように感じられる構成だ。CD版に収録されている「What Does Your Soul Look Like (Part 4)」は、この盤では省かれている。
DJ Shadowにとっての位置づけ
DJ Shadowは、カリフォルニア州サンノゼ生まれのアメリカ人プロデューサー/DJで、膨大なレコードコレクションとサンプルの扱いでよく知られる。この『Endtroducing.....』は、その手法が最もはっきり表れた初のフルレングス作品であり、のちのインストゥルメンタル・ヒップホップの基準点のひとつとして扱われることが多い。Mo Waxという、ロンドン発のトリップホップ周辺レーベルから出たことも、この作品の文脈を形づくっている。
タイトルの“Endtroducing”は、本人の置かれていた状況や制作時期の空気を反映したものとして語られてきた。文字通りの「紹介」を反転させたような言葉で、デビュー作でありながら、既存のヒップホップの発表形式とは少し違うところに立っている。実際、聴いているとラップの前面化よりも、断片の連結や音の配置そのものが主役になっているのが分かる。
アルバム全体の聴きどころ
この作品の面白さは、サンプルの元ネタを知っているかどうかに関係なく、音の切り替わりだけで流れが成立している点にある。ビートは前に出るが、常に強打するわけではない。むしろ、ドラムの隙間やノイズ、短いフレーズの反復が曲の輪郭を作っている。ヒップホップの文脈で言えば、ブーンバップのような分かりやすい押し出しではなく、編集の精度で引っ張るタイプの作りだ。
同時代のMo Wax周辺、たとえばU.N.K.L.E.や、より広い意味でのブリティッシュ・トリップホップと比べても、このアルバムはかなりサンプルの密度が高い。とはいえ、単に情報量が多いだけではなく、静かな区間の置き方が計算されているので、長時間聴いても音が詰まりすぎない。盤で聴くとA面からB面への流れ、C面からD面への移行に、作品全体の呼吸が出やすい。
注目曲「Building Steam With a Grain of Salt」
冒頭を飾るこの曲は、アルバムの入口としてよく機能している。タイトルの通り、細かい要素を少しずつ積み上げていく作りで、いきなり完成形を見せるのではなく、断片が徐々に輪郭を持つ。ビートは控えめに始まり、サンプルや空気感が先に立ち上がるため、アルバム全体が“編集された空間”であることを早い段階で示している。
この曲を最初に置いたことで、作品の聴き方がかなり決まる。メロディを追うというより、音の重なり方や切れ目の処理を追う形になるからだ。DJ Shadowのアルバムが、単なるトラックの寄せ集めではなく、構成の作品として受け止められやすいのは、この導入の強さも大きい。
注目曲「Midnight in a Perfect World」
アルバムの代表曲として挙げられることが多いのがこの曲だ。リリース当時から評価が高く、DJ Shadowの名前を広く知らしめたトラックのひとつと見てよさそうだ。サンプルの断片がゆっくりと回り続け、ビートは前進しながらも、どこか夜の時間帯に固定されたような感触を残す。派手な展開ではないが、音の残響が長く、耳に残る部分が多い。
この曲では、DJ Shadowが得意とする“切り貼り”の技法がかなり分かりやすい。素材そのものの出自を前に出すより、細かい断片をひとつの風景にまとめ上げる方向だ。後年のインストゥルメンタル・ヒップホップや、サンプル主体の電子音楽と比べても、ここでの完成度は特に高く見える。
収録曲と盤の違いについて
このUK & Europe盤は、標準的なゲートフォールド仕様で、1枚ずつ左右のパネルに収める形になっている。なお、別バージョンではゲートフォールドの開き方が内側になっているものも存在する。クレジット面では、各曲に多くのサンプル使用許諾が記されており、Björkの「Possibly Maybe」や、Nina Simone系の素材を含むトラックなど、引用元の幅広さも確認できる。
また、盤面の曲時間には実際の長さと異なる表記がある箇所があり、B2、C1.a/C1.b、D2.a/D2.bあたりは特に差がある。こうした点も含めて、初期プレスならではの仕様が見える。制作の中心がスタジオ録音というより、素材収集と編集に置かれているため、クレジットや盤面情報まで含めて作品の一部のように感じられる。
同時代の中での意味
1996年という時期に、この内容でアルバムを出したことはやはり大きい。ヒップホップがメインストリームへ広がる一方で、Mo WaxやNinja Tune周辺では、DJやプロデューサーが“曲の作り方”そのものを更新していた。『Endtroducing.....』は、その流れの中でも特に、サンプルをジャンルの再編集として見せた例として語られやすい。
発売直後から批評面で高く評価され、のちに再評価がさらに進んだタイプの作品でもある。英『The Guardian』や『SPIN』での評価、後年の『Pitchfork』での高評価、さらに各種の名盤リスト入りまで含めると、90年代の一枚としてだけでなく、その後のサンプリング文化を考える上でも外せない位置にいる。商業的な巨大ヒットというより、長い時間をかけて定着した作品という見方が近い。
まとめ
『Endtroducing.....』は、DJ Shadowのデビュー作でありながら、完成度の高いサンプリング・アルバムとしてかなり早い段階で輪郭を持った作品だ。曲単位で聴いても成立するが、盤で通すと編集の流れがより見えやすい。ヒップホップ、電子音楽、トリップホップの交点に置かれながら、どのジャンル名だけでも収まりきらない構成力がある。1996年のUK & Europe盤として見ても、初期の重要作として扱われる理由は十分にうかがえる。
トラックリスト
- A1 Best Foot Forward 0:49
- A2 Building Steam With A Grain Of Salt 6:40
- A3 The Number Song 4:40
- B1.a Changeling 7:51
- B1.b **Transmission 1
- B2 Stem/Long Stem 9:21
- C1.a **Transmission 2
- C1.b Mutual Slump 4:02
- C2 Organ Donor 1:57
- C3 Why Hip Hop Sucks In '96 0:43
- C4 Midnight In A Perfect World 4:57
- D1 Napalm Brain/Scatter Brain 9:23
- D2.a What Does Your Soul Look Like (Part 1 - Blue Sky Revisit) 5:08
- D2.b **Transmission 3