Rush - Permanent Waves (1980)
Rush『Permanent Waves』――大作志向の先へ進んだ1980年作
カナダ出身のトリオ、Rushが1980年に発表した『Permanent Waves』は、バンドの7作目にあたるアルバムだ。70年代のRushといえば、長尺の組曲や転換の多い構成、緻密な演奏で語られることが多いが、この作品ではその持ち味を保ちながら、曲のまとまりや推進力をいっそう前面に出している。タイトルは当時のニュー・ウェイヴを意識した言葉遊びで、流行への迎合というより、バンド自身の更新を示すような響きを持つ。
録音は1979年9月から10月にかけて、ケベック州モリン・ハイツのLe Studioで行われ、ミックスはロンドンのTrident Studiosでまとめられた。プロデュースはRushとTerry Brownの共同名義。レコードとしてはUS盤がMercuryのSRM-1-4001で出ており、1980年当時のMercuryらしい時代感もはっきりある。ジャケットは新聞見出しや看板の意匠が印象的だが、実際の初期案からは変更が入っていることで知られる。
アルバム全体の位置づけ
『Permanent Waves』は、Rushにとって大きな転機の作品として語られやすい。前作までの大きなスケール感を残しつつ、収録曲の多くがラジオ向きの尺に収まり、演奏の密度が上がっている。1970年代プログレの文法を引きずりながらも、1980年代のロックに接続していく入口のような一枚、という見方がしやすい。実際、当時の批評もそれまでより前向きで、バンドのタイトさや楽曲単位での強さが評価される流れが見えてくる。
同時代の文脈で見ると、YesやGenesisのような英プログレ勢がポップ性を取り込み始めた時期でもあり、Rushもまた長大な構成に頼り切らない方向へ進んでいる。ただし、この作品は流行に寄せたというより、Rushの演奏力と構成力を短い時間に圧縮した結果として聴こえる。そこが重要だと思う。
代表曲「The Spirit of Radio」
冒頭を飾る「The Spirit of Radio」は、このアルバムを象徴する楽曲だ。ギターのリフ、ベースのうねり、ドラムの切り返しが最初から噛み合い、曲の展開は多いのに流れが崩れない。タイトルはラジオへの賛歌のようにも読めるが、実際には放送と音楽の関係をめぐる距離感も含んでいるように感じられる。Rushらしい理屈っぽさと、耳に残るフックの両方がある。
聴き進めると、途中でリズムの感触が少し変わり、後半へ向けて加速していく。ここでは派手な技巧の見せ場よりも、バンド全体の合奏としての強さが目立つ。ライブで定番になったのも納得できる、Rushの代表曲のひとつだろう。
「Freewill」の推進力
「Freewill」は、Rushの中でも特にリフの切れ味が分かりやすい曲だ。ギターとベースが前へ出ながら、ドラムが複雑な拍の感触を保つので、曲全体が引き締まって聴こえる。歌詞では自由意志をめぐるテーマが扱われ、Neil Peartらしい思想性が前面にある。とはいえ、難解さよりも、言葉の強さが演奏の勢いに乗ってくるタイプの楽曲だ。
この曲の面白さは、構成の変化が多いのに、聴感上はかなり直線的に進むところにある。プログレらしい複雑さを持ちながら、1980年のロックとしての分かりやすさもある。アルバムの中で、Rushが「長い曲をやるバンド」から「短い曲でも強いバンド」へ広がっていく様子が見える。
「Entre Nous」と「Different Strings」
「Entre Nous」は、先の2曲よりも少し柔らかい手触りを持つ。とはいえ甘さに寄るわけではなく、ギターのフレーズやリズムの置き方にRushらしい緊張感が残る。フランス語のタイトルが示す通り、個人同士の距離や関係性を見つめる曲として受け取れる。
一方の「Different Strings」は、アルバム中でも落ち着いた空気を持つ一曲だ。演奏の密度を少し抑えながら、メロディの輪郭をはっきりさせている。Hugh Symeがピアノを弾いていることでも知られ、アルバム全体の中で音の色を変える役割を持つ。Rushの作品では、こうした静かな曲があることで、激しい曲の輪郭がより明確になる。
組曲的な終盤「Natural Science」
終盤の「Natural Science」は、Rushの持つ組曲志向がもっともよく出た曲のひとつだろう。複数のパートが連なり、テンポや質感が入れ替わるが、その切り替えが唐突に感じにくい。スタジオ入り後に形になったという話も伝わっていて、完成された設計図というより、演奏しながら組み上がったような生々しさがある。
この曲では、Rushが得意とする「演奏の精密さ」と「曲全体のドラマ」がしっかり両立している。アルバムの最後に置かれることで、作品全体が単なるヒット曲集ではなく、バンドの構成力を示す一枚として締まる。『Permanent Waves』をRushの重要作として語るなら、この曲の存在はかなり大きい。
ジャケットとエピソード
ジャケットは、新聞の見出しや遠景の看板を含む街角の風景を使った印象的なデザインだ。元の案では有名な誤報見出し「Dewey Defeats Truman」が入っていたが、シカゴ・トリビューン側の反応を受けて変更されたとされる。さらに、看板のコカ・コーラ表記も別の文字列に差し替えられており、現在流通している盤ではその修正版が基本になっている。
このあたりの経緯も含めて、『Permanent Waves』は1980年という時代の空気をよく映している。70年代プログレの延長線上にありながら、より明快で、より凝縮されたRush。US Mercury盤の黒いレーベルや当時の配給表記も含め、作品としての手触りに時代性がはっきり残る一枚だ。
トラックリスト
- A1 The Spirit Of Radio 4:54
- A2 Freewill 5:23
- A3 Jacob's Ladder 7:50
- B1 Entre Nous 4:37
- B2 Different Strings 3:50
- Natural Science 9:27