Tom Waits - Rain Dogs (1985)
Tom Waits 1985

Tom Waits - Rain Dogs (1985)

Rock Experimental Alternative Rock

Tom Waits『Rain Dogs』(1985)レビュー

1985年作の『Rain Dogs』は、Tom Waitsの作品群の中でも、作風の切り替わりをはっきり感じさせるアルバムだ。弾き語り中心だった初期のイメージから離れ、打楽器的な響きや雑多な音の配置を前面に出した作りで、街角の断片を寄せ集めたような手触りがある。Island RecordsからのUS盤オリジナルは、黒地に黄色と青の“I”ロゴを配したレーベル面、Specialty Records Corporationプレス、Masterdiskでのマスタリングという仕様になっている。

Tom Waitsは1949年生まれ、カリフォルニア州ポモナ出身。『Closing Time』(1973)以降、シンガーソングライターとしての輪郭を持っていたが、80年代に入ると表現は大きく変化する。『Swordfishtrombones』(1983)に続く本作は、その転換をさらに押し進めた位置づけにある。本人公式サイトでも、80年代の重要作として扱われており、のちの『Frank’s Wild Years』へつながる流れの中で語られることが多い。

この時期のTom Waitsを特徴づけるのは、歌そのものの強さに加えて、音の組み立て方だろう。録音はRCA Studios、ミックスはQuadrasonic StudioとRPM Studio、マスタリングはMasterdisk。演奏は同じ空間でぶつかるような質感があり、きれいに整えた録音というより、場の気配をそのまま封じ込めたように聞こえる。石や金属片を思わせる打音、ざらついたギター、乾いたリズムが重なり、曲ごとに風景が切り替わる構成になっている。

アルバム全体の印象

『Rain Dogs』は、曲の強さと音響の癖が同居している作品だ。メロディはしっかり残る一方で、アレンジはかなり折り曲げられている。ブルース、ロック、演劇的な語り口、街の雑音のようなパーカッションがひとつの盤面に並び、どの曲も同じ方向を向いているわけではない。それでも、Tom Waitsの声が中心にあることで、まとまりは失われない。しゃがれた歌声が、音の荒れをそのまま物語に変えていく感じがある。

同時代のロックと比べると、整ったバンドサウンドよりも、崩れた配置や即興性に重心がある。単純に実験的というより、曲の輪郭を保ったまま素材をずらしていく作りで、後年のオルタナティヴ・ロックやアヴァンギャルド寄りの作品とも並べて語られやすい。とはいえ、理屈先行の作品ではなく、歌のフレーズやリズムの推進力が最後まで残るところが、このアルバムの強さだと思う。

注目曲「Hang Down Your Head」

この曲は、アルバムの中でも比較的メロディの輪郭がつかみやすい一曲だ。クレジット上はKathleen BrennanとTom Waitsの共作で、内袋には彼女への献辞も記されている。歌詞は細部まで断定的に語りすぎず、関係の距離感や疲れをにじませる書き方で、Tom Waitsの作品の中でも比較的まっすぐ届くタイプの楽曲に入る。荒れたアルバムの中で、この曲だけが急に整って聞こえる、というより、整っているのに周囲のざらつきが消えないのが面白い。

演奏面では、派手な見せ場を作るより、歌を支えることに集中している印象がある。だからこそ、アルバムの中での役割がはっきりしている。『Rain Dogs』の中核にあるのは、こうした“曲として強いまま、音の配置だけが崩れている”感覚で、「Hang Down Your Head」はその代表例のひとつと言える。

注目曲「Downtown Train」

代表曲として触れておきたいのが「Downtown Train」だ。後年、他アーティストに取り上げられて広く知られることになるが、オリジナル版はもっと影の濃い表情を持っている。都会の移動や視線の交差を描く歌でありながら、単なる情景描写に留まらず、声の置き方そのものが曲の温度を決めている。Tom Waitsの歌唱は、ここでも説明的ではなく、言葉の角を少し崩したまま進む。

この曲がアルバムの中で重要なのは、実験性の強い作品集の中にあって、旋律の強さが前に出るからだ。『Rain Dogs』は変わった音作りのアルバムとして語られがちだが、「Downtown Train」のような曲があることで、単なる奇策ではなく、ソングライティングの力で成立している作品だと分かる。実際、批評面でも本作は代表作として扱われることが多く、のちの再評価でも高い位置を保っている。

制作とクレジットの細部

このUS盤は、ジャケット裏面の表記でTom Waits自身の作詞・作曲・プロデュースが明記されている。例外は「Hang Down Your Head」で、Kathleen Brennanとの共作。写真クレジットはRobert Frank、マスター関連の表記はMasterdisk。さらに、マスターノートによると、ジャケット写真はTom Waits本人に見えるが、実際にはスウェーデンの写真家Anders Petersenが1960年代後半にハンブルクのCafé Lehmitzで撮影した写真の一枚だという。視覚的なイメージと実際の出自のずれも、この作品の気配に合っている。

盤面の違いとしては、黒いIslandレーベル、青い縁取り、黄色と青の“i”ロゴが特徴で、B面ラベルには“E A S T”のエンボス、ランアウトにはSRCの刻印がある。内袋には歌詞とクレジットが収録されており、作品の世界を補う資料としても機能している。こうしたUSオリジナル盤の仕様は、1985年当時のIslandとAtlantic系流通の関係をそのまま反映したものでもある。

総括

『Rain Dogs』は、Tom Waitsが80年代に到達した表現のひとつの中心にある作品だ。雑多で、崩れていて、しかし曲としては強い。その組み合わせがこのアルバムの核にある。『Swordfishtrombones』で始まった変化を、さらに具体的な音像として定着させた一枚、と見てよさそうだ。ロック、オルタナティヴ、実験音楽の間をまたぐような位置にありながら、最終的にはTom Waitsの歌と語り口に回収されていく。そのまとまり方が、この盤を長く残る作品にしている。

トラックリスト

  1. A1 Singapore 2:46
  2. A2 Clap Hands 3:47
  3. A3 Cemetery Polka 1:51
  4. A4 Jockey Full Of Bourbon 2:45
  5. A5 Tango Till They're Sore 2:49
  6. A6 Big Black Mariah 2:44
  7. A7 Diamonds & Gold 2:31
  8. A8 Hang Down Your Head 2:32
  9. A9 Time 3:55
  10. B1 Rain Dogs 2:56
  11. B2 Midtown (Instrumental) 1:00
  12. B3 9th & Hennepin 1:58
  13. B4 Gun Street Girl 4:37
  14. B5 Union Square 2:24
  15. B6 Blind Love 4:18
  16. B7 Walking Spanish 3:05
  17. B8 Downtown Train 3:53
  18. B9 Bride Of Rain Dog (Instrumental) 1:07
  19. B10 Anywhere I Lay My Head 2:48

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