Harry "The Crown" Hosono = 細野晴臣 - Bon Voyage Co. = 泰安洋行 (1976)
細野晴臣『泰安洋行』──南洋イメージと都会感覚が同居する1976年作
細野晴臣が1976年にPanamから発表した『泰安洋行』は、ソロ活動の初期を代表するアルバムのひとつとして知られる作品だ。タイトルの「泰安洋行」は、どこか旅行記のような響きを持ちながら、実際の音楽は単純な異国趣味に収まらない。ロック、ポップ、ジャズ、ブルース、フォーク、そして電子的な感覚が、比較的コンパクトな形で並ぶ構成で、細野晴臣という作曲家の視野の広さがはっきり見える一枚である。
この時期の細野晴臣は、はっぴいえんど解散後のソロ作を通じて、自分の音楽語法を組み立てていた段階にある。後年のアンビエントやエレクトロニクスのイメージが強い人でも、ここではバンド感覚とポップソングとしての明快さが前面に出る。いわゆる「細野晴臣の世界」が、すでに輪郭を持っている時期の記録といえる。
作品の位置づけ
『泰安洋行』は、細野晴臣のソロ作品のなかでも、後の展開につながる要素が多いアルバムだ。南洋やアジアを思わせるモチーフ、軽やかなリズム、耳に残るメロディの置き方など、のちのシティ・ポップや環境音楽の受け取られ方にもつながる手触りがある。一方で、演奏や編曲には70年代中盤の日本のロック/ニュー・ミュージックの空気も強く、洋楽的な洗練だけで片づけられない。
同時代の文脈で見ると、山下達郎や大貫妙子のような都会的なポップス、あるいはムーンライダーズ周辺の知的なロック感覚とも並べて語られやすい。ただし細野晴臣の音楽は、そうした分類に完全には収まらない。メロディの素朴さと編曲の細部、ユーモアと距離感が同時にあるところが、この作品でもよく出ている。
「泰安洋行」の聴きどころ
表題曲「泰安洋行」は、アルバムの性格をそのまま示すような楽曲だ。軽快な進行のなかに、旅情や雑多な風景を思わせる断片が並び、歌詞とサウンドの両面でイメージが組み立てられている。南方の空気を借りながらも、単なるエキゾチシズムに寄りかからず、あくまでポップソングとして成立している点が印象的だ。演奏の隙間の作り方も含めて、音数の多さより配置の妙で聴かせるタイプの曲である。
この曲は、細野晴臣が当時すでに持っていた「異国の気配を日本語のポップスに落とし込む感覚」を端的に示している。後年の作品で見られるような、音響そのものへの関心というより、歌、リズム、言葉の距離感で景色を作るやり方が先に立つ。アルバム全体の案内役としても機能する1曲だ。
収録曲の中で目立つナンバー
「北京DUCK」は、タイトルの時点で遊び心が強いが、音の運びもそれに呼応している。曲名にある地名や食べ物の連想をそのまま音楽化するというより、断片的なイメージを並べていく感覚がある。細野晴臣の作品では、こうした言葉の選び方が音楽のリズムと深く結びついていて、歌の内容だけでなく発音の響き自体が曲の一部になっている。耳に残るのは、メロディのわかりやすさと、どこか落ち着かない移動感の両方だ。
「香港ブルース」は、ブルースという形式名を持ちながら、単純なジャンル再現にはなっていない。むしろ都市名を冠した小品として、場所のイメージと歌の距離感を楽しむようなつくりだ。ブルースの語感を借りつつも、土臭さより軽さが前に出る。細野晴臣のソロ作では、こうした「ジャンル名をタイトルに置きながら、その枠を少し外す」やり方がしばしば見られるが、この曲もその一例といえる。
サウンド面の印象
実際に聴くと、派手な展開で押すアルバムではないことがわかる。むしろ一曲ごとの温度差や、編曲の隙間にあるニュアンスが重要で、短いフレーズやリズムの置き方が印象を残す。電子音楽やジャズ的な要素がクレジット上では見えていても、聴感としてはまず歌ものとしてまとまっている。音の密度は高すぎず、しかし単純でもない、その中間のバランスがこの作品の持ち味だ。
また、細野晴臣の声の置き方にも特徴がある。強く押し出すというより、少し引いた位置から言葉を置いていくような歌い方で、曲全体の視点に落ち着きを与えている。こうした態度は、のちのソロ作品やプロデュース仕事にも通じるものだろう。前に出すぎないのに、曲の中心はきちんと握っている感じがある。
1976年の日本のポップスの中で
1976年という年は、日本のポップスがフォーク、ロック、シティ感覚、洋楽志向をそれぞれ別の形で取り込みながら広がっていた時期でもある。『泰安洋行』は、そのなかで細野晴臣が独自の方向へ進んでいたことを示す作品だ。単に「日本的」と言い切れるものでもなく、かといって海外志向の模倣でもない。生活感のある日本語ポップスの中で、旅、風景、都市、記憶をどう混ぜるか、その試みの途中経過のように聴こえる。
細野晴臣のディスコグラフィーの中では、後の『はらいそ』などへ続く流れを考えるうえで重要な一枚だ。ここではすでに、細野晴臣が単なるシンガーソングライターではなく、音楽の空気そのものを設計する人であることが見えている。1976年の日本盤オリジナルとして、その時代の手触りを保ったまま成立している点も、このレコードの面白さだ。
トラックリスト
- A1 蝶々-San 3:20
- A2 香港Blues 3:09
- A3 "Sayonara" The Japanese Farewell Song 4:21
- A4 Roochoo Gumbo 3:02
- A5 泰安洋行 2:38
- B1 東京Shyness Boy 2:20
- B2 Black Peanuts 2:26
- B3 Chow Chow Dog 4:47
- B4 Pom Pom蒸気 1:56
- B5 Exotica Lullaby 3:51
動画
- Haruomi Hosono - Bon Voyage Co. (1976)
- Haruomi Hosono - Chōchō-San (1976)
- Haruomi Hosono - Pom Pom Jyouki (1976)
- Haruomi Hosono - Roochoo Gumbo (1976)
- Haruomi Hosono - Chow Chow Dog (1976)
- Haruomi Hosono - Bon Voyage Co. - 7 Black Peanuts