Vinyl Record Reviews
Lennie Hibbert(レニー・ヒバート、本名 Leonard Aloysius Hibbert)は、1928年11月12日にジャマイカのMavis Bank, St Andrewで生まれたミュージシャンだ。ヴィブラフォン、サックス、ドラムを演奏し、ジャマイカのポピュラー音楽、とくにレゲエとヴィブラフォンの結びつきに深く関わった人物として知られている。1984年9月8日に亡くなっている。
ヒバートは8歳ごろにキングストンのアルファ・ボーイズ・スクールに入り、学校のバンドでドラムを担当した。1944年に同校を出たあと、小編成の楽団で演奏し、1946年には軍楽隊に加わった。この時期にヴィブラフォンを独学で身につけている。
1955年にはアルファ・ボーイズ・スクールに戻り、バンドマスターとして活動した。ここでトロンボーンのVin Gordon、歌手のJohnny OsbourneやFloyd Lloydらを指導している。学校の主要な建物のひとつには「Lennie Hibbert Hall」という名前が付けられている。
1960年代のヒバートは、アルファで教えるかたわら、ジャズ系のグループでライブ演奏も行っていた。あわせて、Studio Oneのハウス・バンドであるSound Dimensionとたびたび共演し、Coxsone Doddのもとで多くの定番リディムの録音に参加している。
1961年にはLennie Hibbert Combo名義で『Moon-Light Party at the Myrtle Bank Hotel』を発表した。希少盤で、2006年には1枚が760ドルで売れたという。1969年にはヴィブラフォンを前面に出したインストゥルメンタル集『Creation』を録音し、1971年には『More Creation』をリリースした。
代表曲のひとつ「Village Soul」は、ジャズ・ヴィブラフォン奏者Johnny Lytleの曲をもとにした演奏で、Studio Oneの所在地であるBrentford Roadから生まれたインストゥルメンタルの中でも評価の高い曲として紹介されている。ほかに、Count Ossieのバンドとの「Pure Soul」や、Harry Mudieのレーベルから出た「Ital Vibes」(1974年)などのシングルもある。
Zero to 180は「レゲエとヴィブラフォンの交差点は、ほぼこの一人に始まり、この一人に終わる」と書いている。
1976年には、音楽と青少年教育への貢献によりジャマイカのOrder of Distinctionを受けている。晩年はオーチョ・リオスの中等学校で音楽を教え、1984年9月8日に55歳で亡くなった。亡くなった時点では広く知られた存在ではなかったとされている。
2009年にはJARIA(ジャマイカ・レゲエ産業協会)から「知られざる英雄」として死後表彰を受けた。Nice Upは「ジャマイカのポピュラー音楽を形作った彼の貢献は計り知れないが、残された録音は少ない」と書いている。
また、歌手Junior Delgadoは甥にあたり、2013年にはEarl SweatshirtがRZAと組んだ「Molasses」で「Rose Len」がサンプリングされている。