Maceo & All The King's Men

Vinyl Record Reviews

Maceo & All The King's Men

概要

Maceo & All The King's Men(メイシオ&オール・ザ・キングス・メン)は、1970年に“ミスター・ダイナマイト”ことジェームス・ブラウン(JB)のバックバンドから一斉脱退した凄腕ミュージシャンたちによって結成された伝説的ファンク・グループである。名サックス奏者メイシオ・パーカーと実弟のドラマー、メルヴィン・パーカーを軸に、黄金期のJBサウンドを決定づけた精鋭たちが結集。帝王JBの絶対的な統制から解き放たれ、生々しくワイルドなディープ・ファンクを追求した彼らの音源は、レア・グルーヴ/ヒップホップ・サンプリングの最高峰の聖典として語り継がれている。

結成の経緯:“JBバンドの反乱”

1970年3月、ツアー中の過酷な規律や金銭待遇への不満が頂点に達し、ジェームス・ブラウンのバックバンド(JBオーケストラ)の中核メンバーが一斉にストライキを起こして脱退する事件が発生した。この脱退組には、メイシオ・パーカー(アルト・サックス)、メルヴィン・パーカー(ドラム)の兄弟をはじめ、チキン・スクラッチ・ギターの創始者ジミー・ノーラン、アルフォンソ・“カントリー”・ケラム(ギター)、バーナード・オダム(ベース)、スウィート・チャールズ・シェレル(ベース)、リチャード・“クシュ”・グリフィス(トランペット)といった、ファンクの歴史を築き上げてきた錚々たる顔ぶれが揃っていた。バンド名は、童謡「マザー・グース」のハンプティ・ダンプティの一節(All the king's horses and all the king's men)と、「キング」と称されたJBを掛け合わせた、痛烈な皮肉とプライドが込められた命名であった。

名盤『Doing Their Own Thing』と音楽性

1970年、彼らは新興レーベルHouse Of The Foxからデビュー・アルバム『Doing Their Own Thing』を発表した。タイトルの通り「自分たちのやり方でやる」という強い独立宣言となった同作は、JB譲りの研ぎ澄まされたホーン・リフや鋭利なカッティング・ギターを継承しつつ、JBの指示から解放されたことで、よりルーズでワイルド、そして催眠的なストリート・ファンクの真髄を現出させた。「Got To Getcha」や「Maceo」「Southwick」「Funky Women」といった楽曲群は、生々しい肉体性とブラック・パワーが横溢するファンクの最高峰である。脱退に激怒したジェームス・ブラウンによるラジオ局への圧力や配給妨害があったとも伝えられ、当時プレス枚数が極めて限られていたことから、後に世界中のコレクターが探し求める究極のメガ・レア盤(ホーリー・グレイル)となった。

解散とその後の歩み

1972年には名門Excello Recordsからセカンド・アルバム『Funky Music Machine』をリリースするが、商業的な困難もあり同年5月頃にバンドは解散。その後、メイシオやメルヴィン、ジミー・ノーランらは再びジェームス・ブラウンの陣営へと呼び戻され、ブーツィー・コリンズ脱退後の新生ザ・J.B.'sの黄金期を支えることとなった。さらにメイシオ・パーカーは、後にジョージ・クリントン率いるPファンク(Parliament / Funkadelic)への参加やソロ活動を通じて世界的なファンク・サックスの生ける伝説へと登りつめた。

後世への影響と評価

Maceo & All The King's Menが残した音源は、1980年代後半以降のレア・グルーヴ・ムーヴメントにおいて発掘され、ディープ・ファンクの究極の模範として絶対的な評価を確立した。さらにヒップホップ・シーンにおいても、ピート・ロック&C.L.スムーズをはじめとする数多くのプロデューサーたちによってサンプリングされ、その図太くタイトなグルーヴは現代のクラブ・ミュージックの血肉となって生き続けている。

ジャンル・スタイル

Funk / Soul Funk
Share

こちらもおすすめ

toast