Piero Piccioni

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Piero Piccioni

Piero Piccioniとは

Piero Piccioni(ピエロ・ピッチオーニ、1921年12月6日〜2004年7月23日)は、イタリア・トリノ出身の作曲家、ピアニスト、オルガニストだ。エンニオ・モリコーネ、アルマンド・トロヴァヨーリ、ピエロ・ウミリアーニらと並び、イタリア映画音楽の黄金期を牽引したマエストロであり、イタリアン・チネ・ジャズおよびラウンジ・ミュージックの最高峰として世界的に称賛されている。

異色の出自から銀幕の音楽家へ

名門裁判官の家庭に育ったピッチオーニは、大学で法学を修め、若くして弁護士としての実務に就いていた。しかし、幼少期から親しんできたジャズとピアノへの情熱から音楽の道へ転身。1940年代半ばから「ピエロ・モーガン(Piero Morgan)」名義でイタリア国営放送(RAI)の専属ジャズ・オーケストラを率いて名声を博した。

映画界の名匠ミケランジェロ・アントニオーニから映画音楽の作曲を強く勧められたことを契機に、1950年代より本格的に映画音楽の世界へ進出した。以降、半世紀にわたり300本以上の映画音楽を手掛け、イタリア映画の黄金期をサウンドトラックの側面から決定づけた。

巨匠たちとの協業と重厚なドラマ

ピッチオーニの手腕は、イタリア映画史に名を残す名匠たちとの協業で遺憾なく発揮された。名匠フランチェスコ・ロージ監督とは長年にわたりタッグを組み、『サルヴァトーレ・ジュリアーノ』(1961年、銀リボン賞作曲賞受賞)、『シシリーの黒い霧(Le mani sulla città)』(1963年)、『マッティ事件(Il caso Mattei)』(1972年)などで、緊迫感と叙情性を兼ね備えた重厚なスコアを提供した。

さらにルキノ・ヴィスコンティ監督の『異邦人(Lo straniero)』(1967年)や、ヴィットリオ・デ・シーカ監督の『紳士泥棒 大ゴールデン作戦(After the Fox)』(1966年)、そしてイタリア喜劇の象徴アルベルト・ソルディとの長年の盟友関係(『ロンドン野郎』『アモーレ・ミオ』など)に至るまで、シリアスな社会派ドラマから洗練されたコメディまで卓越した筆致で描き分けた。

チネ・ラウンジの金字塔と世界的な再評価

ピッチオーニの音楽性を語るうえで欠かせないのが、1960年代半ばから1970年代にかけて確立した極上のシネ・ラウンジ/アシッド・ジャズ路線である。エリオ・ペトリ監督、マルチェロ・マストロヤンニ&ウルスラ・アンドレス主演のポップアートSF『華麗なる殺人(La decima vittima)』(1965年)におけるモッズ・ジャズや、ラドリー・メツガー監督の官能カルト『カミーユ2000(Camille 2000)』(1969年)の耽美的なスコアは、その頂点を象徴する。

ボサノヴァの優美なハーモニー、ハモンド・オルガンやフェンダー・ローズの官能的な響き、ソウル・ジャズの骨太なリズム、そしてエッダ・デル・オルソによる魅惑的なスキャットが融合したそのサウンドは、1990年代以降のサバービア、モンド、渋谷系ムーヴメントを通じて世界のクラブDJやレコード・コレクターから熱狂的な再評価を獲得した。時代を超越したモダンで退廃的なイタリアン・グルーヴの至宝として、今なお多くの音楽ファンを魅了し続けている。

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