Tenjo Sajiki

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Tenjo Sajiki

天井桟敷(Tenjo Sajiki)とは

天井桟敷(演劇実験室 天井桟敷/Tenjo Sajiki)は、1967年に詩人・劇作家・映画監督の寺山修司を中心に結成された、日本のアングラ演劇および前衛芸術運動を象徴する伝説的劇団・芸術集団。劇団名はフランスの巨匠マルセル・カルネ監督の映画『天井桟敷の人々(Les Enfants du Paradis)』の邦題に由来する。九條映子、東由多加、横尾忠則らが創設に参加し、見世物小屋の復権、土俗性、エロティシズム、言葉の呪術性、劇場空間の解体(市街劇など)を標榜。日本国内のみならず、ナンシー国際演劇祭をはじめ欧州各地の舞台芸術フェスティバルでもセンセーションを巻き起こした。

演劇音楽を超越したサイケデリック・プログレの金字塔

演劇集団としての偉業にとどまらず、天井桟敷が残した劇伴および音楽作品群は、日本のサイケデリック・ロック、プログレッシブ・ロック、アシッド・フォーク、アヴァンギャルド音楽の最高峰として世界的な崇拝を集めている。初期には成田ヒロシやクニ河内(ザ・ハプニングス・フォー)らが音楽を手掛け、寺山が作詞を担当したカルメン・マキの「時には母のない子のように」(1969年)が大ヒットを記録した。

J・A・シーザーの参入と呪術的音楽世界の確立

1969年に入団した奇才J・A・シーザー(J. A. Seazer)が音楽監督に就任したことで、天井桟敷の音楽世界は空前絶後の呪術的サイケデリアへと到達した。ヘヴィなファズ・ギターや重厚なオルガン、変拍子といった英米のプログレ/サイケデリック・ロックの語法に、日本の仏教的読経(和讃)、土着民謡、童謡、和太鼓、そして天井桟敷合唱団による情念と狂気が入り混じる合唱を衝突させた唯一無二の音響美を確立した。

代表的な録音物として、『邪宗門』(1972年)、ライヴ録音の金字塔『国境巡礼歌』(1973年)、映画サントラ『田園に死す』(1974年)、『身毒丸』(1978年)などが知られる。いずれも演劇の付随音楽の枠を完全に超越した圧倒的な音楽的密度とオリジナリティを誇る。

解散と世界的な再評価

1983年の寺山修司の急逝により劇団は解散(J・A・シーザーらは後継劇団「演劇実験室◎万有引力」を結成)。英ミュージシャンのジュリアン・コープが著書『Japrocksampler』で熱狂的に激賞し、ナース・ウィズ・ウーンド(Nurse With Wound)のレコメンド・リストにも選出されるなど、半世紀を経た現在も世界中のサイケ/プログレ/アンダーグラウンド・リスナーから神話的な再評価を受け続けている。

ジャンル・スタイル

Rock Stage & Screen Psychedelic Rock Soundtrack
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