American Gypsy

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American Gypsy

American Gypsyとは

American Gypsy(アメリカン・ジプシー)は、1970年代初頭にアメリカ合衆国(ロサンゼルス)を離れ、スペインを経てオランダ・アムステルダムを拠点に活動した実力派ファンク/ソウル・バンドである。本場仕込みの重厚なブラック・ファンクと、ヨーロッパの解放的なスタジオ・カルチャーが融合した独自のサウンドで、ヨーロッパのクラブ・シーンを熱狂させた。

結成の背景とアムステルダムへの放浪

バンドの前身は1960年代半ばのロサンゼルスに遡る。「ブルー・モーニング(Blue Morning)」や「パサデナ・ゲットー・オーケストラ(Pasadena Ghetto Orchestra)」などの名義で活動していた彼らは、フランク・ザッパ、サンタナ、ドクター・ジョン、バリー・ホワイト、ジェファーソン・エアプレインといったトップ・アーティストたちの録音セッションやギグに日常的に関わっていた腕利きミュージシャン揃いだった。

折しも泥沼化していたベトナム戦争への徴兵忌避と、人種差別から逃れてより自由な音楽活動を求め、1971年に大西洋を渡る決断を下す。2年間に及ぶスペイン巡業を経てオランダのアムステルダムに定住。自らの境遇を投影して「アメリカの放浪者」を意味する「American Gypsy」と名乗った。

ヨーロッパを震撼させたキラー・ファンク

バンドの中心となったのは、スティーヴ・クリスビー(ヴォーカル、キーボード)、ジョー・スキート(ベース)、マイケル・ハマネ(リード・ギター)、リチャード・ジェームズ(ドラムス)、ロレンツォ・ミルズ(ヴォーカル)、デイル・ハレル・ジュニア(ギター、管楽器)らである。

1974年、名門フィリップス(アメリカでは名門チェス)からリリースされたデビュー・アルバム『American Gypsy』は、ヨーロッパ産レアグルーヴの金字塔となった。ヘヴィなベースラインと切れ味鋭いドラムブレイク、華やかなホーンセクションが炸裂するキラー・ファンク「Inside Out」は、オランダのポップ・チャートでトップ10入りを果たし、全米のディスコ/ダンス・チャートにも進出。後世にはダンスフロア・クラシックとしてDJたちに発掘・再評価され、英ダンス・ユニットのグルーヴ・アルマダが「Whatever Whenever」でサンプリングしたことでも知られる。

アルバムの多様性と後期の展開

彼らの魅力はアグレッシヴなファンクにとどまらない。英フォーク・ロック・バンドであるリンディスファーンの楽曲を、骨太なブラックスプロイテーション風ファンクへと換骨奪胎した名カバー「Lady Eleanor」や、洗練された哀愁漂うメロウ・ソウル「Angel Eyes」など、高度な演奏力に裏打ちされた幅広い音楽性を発揮した。

1975年のセカンド・アルバム『Love Voodoo』を発表後、1970年代後半からはオランダ現地のミュージシャンたちを迎えながら、時代の先端を行くディスコ/ブギー路線へとサウンドをアップデートさせた。

ヨーロッパ・ソウル史における功績

異国の地へ渡ったアメリカの黒人ミュージシャンたちが、アムステルダムの自由な空気の中で鳴らしたAmerican Gypsyの重厚なファンク・グルーヴは、オランダをはじめとするヨーロッパ大陸におけるソウル/ダンス・ミュージックの発展に決定的な影響を与えた。国境を越えてブラック・ミュージックの種を蒔いた、真のコスモポリタン・ファンク・バンドである。

ジャンル・スタイル

Funk / Soul Funk Soul
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