Vinyl Record Reviews
Brenda Russell(ブレンダ・ラッセル)は、都会的で洗練されたメロディセンスと温もりあるハスキー・ヴォイスでポピュラー音楽界に確固たる足跡を残すアメリカのシンガーソングライター、キーボーディスト、プロデューサーである。R&B、ソウル、AOR、ポップ、ジャズを有機的に結びつけた上質なサウンドを展開し、自らのヒット曲のみならず、数多くの名だたるトップアーティストへ提供した楽曲群でも知られる「ソングライターズ・ソングライター」の代表格である。
ニューヨーク・ブルックリンに生まれ、12歳でカナダ・トロントへ移住。トロントで本格的な音楽活動を開始し、テレビ番組のホストや元夫ブライアン・ラッセルとのデュオ「Brian & Brenda」としての活動、西海岸を中心としたセッション・ミュージシャンとしての実績を重ねた。
1979年、名門A&M Recordsから発表したセルフタイトルのソロデビュー作『Brenda Russell』で大きな脚光を浴びる。同作からシングルカットされた「So Good, So Right」が全米トップ30に入るヒットを記録し、流麗なエレピを基調とした洗練されたアレンジと芯のあるソウルフルなボーカルによって、一躍AOR/コンテンポラリー・ソウルを代表する女性アーティストとして認知された。
1981年の『Love Life』、トミー・リピューマがプロデュースを手掛けた名盤『Two Eyes』(1983年)では、贅肉を削ぎ落とした洗練極まるソングライティングと名うてのスタジオ・ミュージシャンによるタイトなアンサンブルが結実し、国内外のAOR/ヨット・ロック愛好家から極めて高い支持を獲得した。
1988年に発表した4thアルバム『Get Here』は、彼女のキャリアにおける商業的・批評的ピークを記録する。ジョー・エスポジト(Joe "Bean" Esposito)とのデュエットによるリード曲「Piano in the Dark」が全米Billboard Hot 100で6位のメガヒットとなり、グラミー賞最優秀楽曲賞を含む複数部門にノミネートされた。
さらに同アルバムのタイトル曲「Get Here」は、1991年にオリータ・アダムス(Oleta Adams)がカバーしたことで世界的な大ヒットを記録。湾岸戦争下の時代背景と切実な祈りを込めた歌詞が全世界の共感を呼び、ポピュラー音楽史に永遠に残る不朽のスタンダードナンバーへと昇華した。
自らのリーダー作のみならず、類まれな作編曲能力によって他アーティストからも絶大な信頼を獲得。スティーヴィー・ワンダー、アース・ウインド&ファイアー、チャカ・カーン、ルーサー・ヴァンドロス、ドナ・サマー、ロバータ・フラックらに楽曲を提供し、ブラック・コンテンポラリーやダンス・ミュージックの黄金期を陰から支え続けた。
その豊かなドラマ性とストーリーテリングの才能は舞台芸術でも開花し、2005年に開幕したブロードウェイ・ミュージカル『The Color Purple(カラーパープル)』の音楽・作詞をアリー・ウィリス、スティーヴン・ブレイと共同で手掛けた。同作はトニー賞にノミネートされ、グラミー賞最優秀ミュージカル・シアター・アルバム賞を受賞するなど、舞台音楽界でも不滅の足跡を刻んだ。
Brenda Russellの魅力は、卓越したピアノ/キーボードの演奏能力に裏打ちされた緻密なコード進行と、決して奇をてらわない優美で芯の通ったメロディラインにある。派手な技巧に頼ることなく、言葉と音の響きを慈しむように歌い上げるボーカルスタイルは、世代やジャンルの垣根を越えて多くのミュージシャンやリスナーを惹きつけてやまない。