Vinyl Record Reviews
Duncan Mackayは、1950年7月26日にイングランド・ヨークシャーのリーズで生まれた、作曲家、歌手、アレンジャー、キーボード奏者だ。なお、名前の似たトランペット奏者Duncan McKayとは別人である。
父親は音楽教授でヴァイオリニストだった。Mackay自身も幼いころから音楽教育を受けていて、5歳でヴァイオリン、8歳でピアノを始め、13歳で教会オルガンに移っている。トリニティ・カレッジ・ロンドンと王立音楽大学のLicentiateディプロマも取得している。
1960年代後半、家族で南アフリカへ移住し、学位取得と並行して演奏活動を始めた。1970年にはブラジルのギタリスト、Rosinha de Valençaのツアーに同行し、アルバム『Ipanema Beat』にも参加している。
ヨハネスブルグではドラマーのMike Grayとともに、プログレッシヴ・ロックのクラブ「The Branch Office」を立ち上げた。さらに、ヴァイオリンとキーボードを担当する弟のGordon Mackayとトリオ「Tricycle」を組み、Teal Recordsの目に留まった。1974年にはデビュー・アルバム『Chimera』をわずか5日間で録音している。
1975年のツアー・プログラムに「ロック音楽が起きているのはイングランドだった」と書いているように、Mackayはアフリカを離れてイギリスへ渡り、Steve Harley & Cockney Rebelに加入した。1974年9月に固まった新しいラインナップで、Francis Monkmanの後任を務めている。全英1位となった「Make Me Smile (Come Up and See Me)」にも参加し、冒頭の上昇していくフレーズはMackayが考えたものとされる。
在籍は1977年までで、『The Best Years of Our Lives』(1975年)、『Timeless Flight』(1976年)、『Love's a Prima Donna』(1976年)などに参加している。
1977年には2作目のソロ・アルバム『Score』を発表した。プロデュースはJohn Wettonが担当している。以降はセッション・ミュージシャンとしての仕事が増え、複数の重要作に参加した。
1979年にEric Stewartが自動車事故に遭ったことで10ccの活動は勢いを落とした。1980年にはEric Stewartと映画『Girls』の音楽を共作した。
1980年のソロ作『Visa』では、電子音楽的なサウンドに踏み込んでいる。1980年代初頭にはCamelの『Nude』(1981年)、『The Single Factor』(1982年)、Budgieの『Deliver Us from Evil』(1982年)にも参加した。
この時期には、Yesのキーボード奏者候補として検討されたこともある。ほかにもElkie Brooks、Cliff Richard、Gilbert O'Sullivan、John Milesらと仕事をしている。
その後はライブラリー・ミュージックの制作へ移り、1988年には『The Heart of the Machine』『The New Explorers』『Data First』を発表している。
1993年には南アフリカのケープタウンに定住し、自身のスタジオを構えた。以後は広告、映画、テレビ、野生動物ドキュメンタリー、教育用メディア向けの音楽を手がけている。1998年にはELO Part IIのNeil Lockwoodと『Songs to Fall in Love To』を制作した。
近年も制作は続いていて、2017年には1993年録音の『A Picture of Sound』を発表した。同年にGeorg Vorosとの『The Bletchley Park Project』、2019年にソロ作『Kintsugi』、2020年にFluanceとの『Lunacy』をリリースしている。さらに2026年3月にはギタリストMauritz Lotzとの共作『A Beautiful Madness』を発表した。