Lee Dorsey

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Lee Dorsey

Lee Dorsey(リー・ドーシー)とは

Lee Dorsey(リー・ドーシー、1924年12月24日 - 1986年12月1日)は、アメリカ・ルイジアナ州ニューオーリンズ出身のR&B/ソウル・シンガー。気取らない温かみとユーモアを湛えた歌声で「Ya Ya」や「Working in the Coal Mine」などの世界的大ヒットを連発し、名匠アラン・トゥーサン(Allen Toussaint)とともにニューオーリンズR&Bおよびバイユー・ファンクの黄金期を築き上げた伝説的シンガーである。

異色の経歴から音楽の世界へ

ドーシーは第二次世界大戦で米海軍に従軍したのち、オレゴン州ポートランドで「キッド・チョコレート(Kid Chocolate)」のリングネームを持つプロボクサーとしてフェザー級のリングに立っていた異色の経歴を持つ。1955年にボクシングを引退して故郷ニューオーリンズへ帰還し、自動車の板金塗装工場を開業した。

昼は板金工として働き、夜は地元のクラブで歌う生活を送るなかで、希代のソングライター/プロデューサーであるアラン・トゥーサンに見出された。トゥーサンはドーシーの人懐っこく親しみやすいバリトン・ヴォイスを「笑顔そのもののような歌声」と絶賛し、ここから二人の運命的な名コンビが誕生した。

アラン・トゥーサンとの黄金期と世界的ヒット

1961年、子供たちの戯れ歌に着想を得たシングル「Ya Ya」が全米チャート7位を記録するミリオンセラーとなり、一躍スターダムへ駆け上がった。続いて「Do-Re-Mi」(1961年)、「Ride Your Pony」(1965年)、そして後に数々のヒップホップでサンプリングされる名曲「Get Out of My Life, Woman」(1965年)を連発した。

さらに1966年には、肉体労働の疲労と哀歓を跳ねるようなビートに乗せてコミカルに歌った「Working in the Coal Mine」が全米8位、全英でも大ヒットを記録。ニューオーリンズ特有のセカンドラインのリズムと洗練されたポップ・センスが融合した名曲として、世界的な知名度を確立した。

歴史的名盤『Yes We Can』とバイユー・ファンク

1970年、バック演奏に黎明期のザ・ミーターズ(The Meters)を迎えて発表したアルバム『Yes We Can』は、ニューオーリンズR&Bがタイトなファンクへと進化した歴史的金字塔である。

表題曲「Yes We Can」は、1973年にポインター・シスターズが「Yes We Can Can」としてカバーし全米11位を記録。さらに「Sneakin' Sally Through the Alley」はロバート・パーマーがソロ・デビュー作のタイトル曲としてカバーし、「Occapella」はリンゴ・スターが取り上げるなど、本作の収録曲は米英のロック/ポップス勢に多大な影響を与えた。

ザ・クラッシュからの熱烈なリスペクトと晩年

世界的シンガーとなった後も、ドーシーはニューオーリンズの板金塗装工場を生涯愛し続け、現場で汗を流すことをやめなかった。そんな彼の飾らない人柄と強靭なファンク・グルーヴに心酔した英パンク・ロックの雄ザ・クラッシュ(The Clash)は、1980年の全米ツアーのオープニング・アクトにドーシーを大抜擢し、新世代のロック・ファンからも熱狂的な支持を集めた。

1986年12月1日、肺気腫のため61歳で惜しまれつつこの世を去ったが、跳ねるリズムと温かな笑顔がそのまま音になったようなドーシーの歌声は、今なお世界中のソウル/ファンク・ファンを魅了し続けている。

ジャンル・スタイル

Funk / Soul Bayou Funk Soul
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