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Roger Troutman(ロジャー・トラウトマン、1951年11月29日 - 1999年4月25日)は、アメリカ・オハイオ州ハミルトン出身の伝説的ファンク・ミュージシャン、シンガー、ソングライター、マルチ奏者、音楽プロデューサーである。兄弟たちと結成したファンク・グループ「Zapp(ザップ)」のフロントマンおよびリーダーを務め、トーク・ボックス(Talk Box)を究極の表現手段へと昇華させた「エレクトロ・ファンクのパイオニア」として、音楽史に不滅の足跡を刻んだ。
1970年代後半、同じオハイオ出身のブーツィー・コリンズ(Bootsy Collins)やジョージ・クリントン(George Clinton)というPファンクの首領たちに見出されたことで、バンドはワーナー・ブラザースと契約。1980年に発表したデビュー・アルバム『Zapp』から「More Bounce to the Ounce」が空前のヒットを記録した。強烈なハンドクラップ、うねるミニモーグ・ベース、そしてロジャーのロボティックかつファンキー極まりないトーク・ボックスが一体となったサウンドは世界中を震撼させ、「Be Alright」「Doo Wa Ditty (Blow That Funky That Funky)」「Computer Love」など、ダンス・クラシックの金字塔を次々と世に送り出した。
ロジャーの最大の特徴は、モーグ・シンセサイザーとエレクトロ・ハーモニクス社製などのカスタム・トーク・ボックス(ゴールデン・スロート)を連結し、ビニール・チューブをくわえて口腔内で音色を変化させる驚異的な演奏・歌唱技術にある。単なるギミックやノベルティにとどまらず、ブルースやゴスペルに根ざした豊かな抑揚とヴィブラートをロボット・ボイスに乗せることで、エレクトロニックな冷徹さと人間臭い情感を奇跡的に両立させた。その表現力はアップテンポのファンクのみならず、甘美なメロウ・バラードにおいて真価を発揮した。
Zappでの活動と並行して、ソロ名義「Roger」としても輝かしい成功を収めた。1981年のソロ・デビュー作『The Many Facets of Roger』では、マーヴィン・ゲイの名曲を10分超の濃厚なファンク・ジャムへと再構築した「I Heard It Through the Grapevine」が全米ビルボードR&Bチャート1位を獲得。さらに1987年のアルバム『Unlimited!』からは、至高のスロウ・ジャム「I Want to Be Your Man」が全米R&B 1位、総合Hot 100でも3位を記録する特大ヒットとなった。また、シャーリー・マードック(Shirley Murdock)の名曲「As We Lay」をはじめとするプロデュース・ワークでも非凡な才能を示した。
1990年代に入ると、ドクター・ドレー(Dr. Dre)、スヌープ・ドッグ(Snoop Dogg)、アイス・キューブ(Ice Cube)、DJクイック(DJ Quik)ら西海岸ヒップホップ/Gファンク勢がロジャーおよびZappの音源をこぞってサンプリング。彼の生み出したヘヴィなシンセ・グルーヴは、90年代ウェストコースト・サウンドの血肉となった。1995年には、2パック(2Pac)とドクター・ドレーによる歴史的アンセム「California Love」にトーク・ボックスとヴォーカルで客演。同曲のグラミー賞ノミネートとともに、ヒップホップ新世代の前でその偉大さを決定づけた。
1999年4月25日、オハイオ州デイトンのレコーディング・スタジオ前で兄ラリーによる悲劇的な凶弾に倒れ、47歳の若さでこの世を去った。しかし、ロジャーが切り拓いたトーク・ボックスとシンセサイザーの美学は、テディ・ライリー(Teddy Riley)によるニュー・ジャック・スウィング、T-ペイン(T-Pain)のオートチューン・ヴォーカル、ダフト・パンク(Daft Punk)、そしてブルーノ・マーズ(Bruno Mars)のモダン・ファンクに至るまで脈々と受け継がれており、現代ポピュラー音楽における最も偉大なイノヴェイターの一人として永遠に敬愛されている。