Vinyl Record Reviews
Scientist(サイエンティスト、本名 Hopeton Overton Brown/ホープトン・オーヴァートン・ブラウン、1960年4月18日生まれ)は、ジャマイカ・キングストン出身のサウンド・エンジニア/ダブ・プロデューサーである。ダブの開祖キング・タビーの最も著名な愛弟子であり、1970年代末から1980年代前半のアーリー・ダンスホール期において、過激かつ立体的な音響処理によってダブの表現領域を極限まで押し広げた巨匠として知られる。
少年時代から真空管アンプや巨大スピーカーの自作、電子回路の設計に没頭していた彼は、自作アンプに必要な電源トランスを調達するためにキング・タビーのスタジオ工房を訪れた。当時まだ10代半ばでありながら卓越した電子工学の知識と技術を持っていた彼に感嘆したキング・タビー本人が、「お前はまるで科学者(Scientist)のようだな」と呼んだことが、伝説的なアーティスト名の由来となった。
タビーズ・スタジオの機材修理係として働き始めたある日、レギュラー・エンジニアが不在だった現場で急遽ミキシング卓を任されると、大胆不敵なフェーダー捌きとエフェクト使いで周囲を圧倒。一躍エンジニアとして頭角を現した。
1970年代末、Scientistは名門「チャンネル・ワン(Channel One)」のチーフ・エンジニアに就任した。タビーのスタジオ(当時8トラック)を上回る16トラックのミキシング・コンソールを駆使し、プロデューサーのヘンリー・“ジュンジョ”・ローズ(Henry "Junjo" Lawes)やリンヴァル・トンプソンらと黄金期を築き上げる。
スタイル・スコット(ドラム)やエロール・“フラバ”・ホルト(ベース)らによる最強のスタジオ・バックバンド「ルーツ・ラディックス(Roots Radics)」が生み出す、ソリッドで重厚なワン・ドロップ・グルーヴを解体。バーリントン・レヴィらのヒット曲を原曲の骨格を保ちつつ、スリリングな空間音響へと再構築していった。
Scientistのダブ・ミックスは、切れ味鋭いリバーブと空間を縦横無尽に切り裂くテープ・ディレイが特徴だ。ルーツ・ラディックスの重厚なドラムとベースの超低域を前面に押し出しつつ、突如スネアやリムショット、ハイハットの残響が高域へと突き抜けるダイナミックな音像は、ダンスホール前夜の現場の熱気をそのまま封じ込めている。
自作アンプの耐久テストにキング・タビーの過激な重低音ミックスを用いていたという経験から、アンプやスピーカーの電気的限界を知り尽くした彼ならではの、音響工学的にも研ぎ澄まされたサウンド設計が貫かれている。
1980年代前半、イギリスの名門レーベル「グリーンスリーブス(Greensleeves Records)」から発表されたコンセプチュアルなアルバム群は、彼の評価を決定づけた。デザイナーのトニー・マクダーモット(Tony McDermott)が手掛けたSFやホラーのパロディ・コミック風ジャケットを冠したシリーズである。
『Scientist Meets the Space Invaders』(1981年)、『Scientist Rids the World of the Evil Curse of the Vampires』(1981年)、『Scientist Wins the World Cup』(1982年)といった作品群は、サウンドの完成度とポップ・カルチャー的ヴィジュアルが見事に融合し、ダブ史に残る大ヒットとなった。
1982年にはボブ・マーリーが設立した名門「タフ・ゴング(Tuff Gong)」スタジオに移籍し、エロール・ブラウンとともにチーフ・クラスのエンジニアとして数多くのセッションを担当した。
後世への影響も絶大であり、特に『Vampires』の収録曲群は2001年の世界的ヒット・ゲーム『Grand Theft Auto III』のゲーム内レゲエ専門ラジオ局「K-Jah」のトラックリストとして全面フィーチャーされ、ゲーム世代やクラブ・カルチャーの若者たちにも衝撃を与えた。キング・タビーから受け継いだダブの哲学を80年代以降のベース・ミュージックやエレクトロニック・ミュージックへと橋渡しした、偉大な音響の錬金術師である。