Can - Saw Delight (1977)
Can『Saw Delight』―後期Canの分岐点としての一枚
Canの『Saw Delight』は、1977年に発表された8作目のスタジオ・アルバムで、バンドの後期を代表する作品のひとつだ。前作『Flow Motion』に続く流れにありながら、演奏のまとまり方や音の組み立てはかなり違う。Canらしい即興の気配は残しつつも、ここではリズムの断片、反復、録音後の編集が前面に出ている。クラウトロックの中心にいたバンドが、70年代半ば以降にどこへ向かったのかを示す記録として、位置づけがはっきりしたアルバムだ。
編成面でも特徴がある。ロスコ・ジーとレボップ・クワク・バーが参加し、アフロ系、カリブ系のリズム感が加わる。ホルガー・シューカイはベースの前面に立つというより、電波受信機や音処理の役回りに回り、Canの初期から続く“演奏の集団性”とは少し違う方向へ進んでいる。録音はInnerspace Studio、ミックスはDelta Acoustic Studioで行われ、ジャケット裏のクレジットにも「3-D Stereo (Artificial Head Stereo)」とあり、音像の作り込みに意識が向いている。
1977年当時のCanの立ち位置
Canは1960年代末に結成され、マルコム・ムーニー期、ダモ鈴木期を経て、クラウトロックの重要バンドとして存在感を強めた。『Tago Mago』『Ege Bamyasi』『Future Days』の時期に比べると、『Saw Delight』はもっと分節的で、曲の進み方も直線的ではない。バンドの内部では制作方針をめぐる緊張もあったとされ、その空気は音にも出ている。まとまったグルーヴが続く場面と、すぐに別の断片へ切り替わる場面が並び、ひとつの曲の中に複数の表情が折り重なる。
同時代のドイツ勢でいえば、Neu! や Faust の実験精神と並べて語られることが多いが、『Saw Delight』はより打楽器的で、アフリカ系リズムへの関心が強い。のちのポストパンクやダブ、ワールド・ミュージック受容の文脈でも触れられることがあるのは、このアルバムの反復と空間処理が、単なるロックの枠に収まらないからだろう。
収録曲の流れと聴きどころ
この盤でまず目を引くのは、代表曲として広く知られるタイプの楽曲よりも、アルバム全体の流れで聴かせる構成だ。前作『Flow Motion』から続く実験性はあるが、『Saw Delight』ではその断片性がさらに強い。曲が始まった瞬間に完成形へ向かうというより、ビート、ギター、電子処理、声が少しずつ噛み合っていく感触がある。実際に聴くと、リズム隊の推進力が前に出る場面と、音が横に広がる場面の切り替えが印象に残る。
とくに耳に残るのは、演奏の“揃いすぎなさ”だ。Canの初期は、Jaki Liebezeitの精密なドラムを軸に、即興がひとつの塊として進む印象が強いが、この作品ではその塊が細かく割られている。まとまりを崩しながら進むため、聴き手は常に次の展開を追うことになる。後期Can特有の、整いすぎないバランスがここでもよく出ている。
1977年作としての意味
『Saw Delight』は、Canが70年代後半にどこまで変わったかを示す作品だ。ヒット曲中心のアルバムではなく、バンドの方法論そのものを更新しようとした記録に近い。前作『Flow Motion』が「I Want More」を生んだのに対し、このアルバムはよりアルバム志向で、シングル的なわかりやすさより、長い時間をかけて音の流れを追う作りになっている。
当時の評価は一様ではなかったが、現在ではアフロビートや世界音楽的な感触を先取りした後期Canの重要作として見られることが多い。とはいえ、音の密度は高くても、聴きやすさを狙った作品ではない。むしろ、Canが自分たちのやり方を崩しながら、まだ別の場所へ進もうとしていた、その途中経過がそのまま残っている。
1981年日本盤について
今回の日本盤は1981年リリースで、VirginのVIP-4104。ジャケットや音源そのものは1977年オリジナル盤の作品を受け継ぎつつ、日本盤らしく「Made in Japan by Victor Musical Industries, Inc.」「Licensed by Virgin Records Ltd., England」といった表記が入る。税込みならぬ定価表記は¥2,000で、和文インサートとアンケートカードが付属していた。70年代後半のオリジナル作品を、80年代初頭の日本市場で改めて流通させた一枚という見方ができる。
Virginのレーベル面も時代を映している。日本盤では1970年代後半から80年代初頭にかけて見られるVirginのデザインが用いられており、Canの音楽がその時点でまだ十分に現役のカタログとして扱われていたことがわかる。オリジナルの1977年作品を、1981年の日本盤で聴くと、録音年代の空気と再発時代の距離が同時に見えてくるのが面白い。
まとめ
『Saw Delight』は、Canの中でも特に“完成された名盤”というより、“変化の途中にある名盤”として残る作品だ。リズムの組み替え、電子処理、非対称な構成、そして後期メンバーの参加による色合いの変化。そうした要素が重なり、70年代Canの終盤らしい独特の張りつめ方を持っている。クラウトロックの文脈だけでなく、反復と編集を軸にしたロックの展開を考えるうえでも、見落としにくい一枚だ。
トラックリスト
- A1 Don't Say No 6:29
- A2 Sunshine Day And Night 6:13
- A3 Call Me 5:18
- B1 Animal Waves 15:20
- B2 Fly By Night 4:07