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Alberto Fortis(アルベルト・フォルティス)は、1955年6月3日にイタリア・ピエモンテ州ドモドッソラで生まれたカンタウトーレ(シンガー・ソングライター)/ピアニスト。エルトン・ジョンを思わせるリリカルでダイナミックなピアノ・プレイと、社会や既得権益層に容赦なく噛みつく痛烈な毒舌・アイロニーを同居させた稀代の異端児であり、1970年代末から1980年代のイタリアン・ポップ・ロック・シーンに衝撃を与えた孤高の天才である。
元医学生であったフォルティスは、1970年代中盤に音楽の道を志してローマへ進出。名伯楽ヴィンチェンツォ・ミコッチ(Vincenzo Micocci)率いる名門インディーITレーベルと契約を結ぶ。しかし、長期間にわたりデビューを放置され、空約束を繰り返されたことに絶望したフォルティスは、保守的で閉鎖的なローマの音楽業界と完全に決別。北部の中心都市ミラノへと移住し、名門Polygram(Philips)と電撃契約を交わした。
1979年に発表されたセルフタイトルのデビュー・アルバム『Alberto Fortis』は、イタリアン・ロック史に燦然と輝く金字塔となった(『ローリング・ストーン・イタリア』誌が選ぶ「オールタイム・イタリアン・ベスト・アルバム100」にも堂々選出)。
プロデュースは名匠アルベルト・サレルノ、オーケストラ編曲はクラウディオ・ファビが手掛け、カリーメのストーン・キャッスル・スタジオで録音。そして何より特筆すべきは、イタリアン・プログレッシブ・ロックの世界的最高峰「PFM(Premiata Forneria Marconi)」のメンバーたちが全面的なバック演奏を務めたことである。PFMの卓越したテクニックと洗練されたプログレ・アンサンブル、そしてフォルティスの激情的なピアノとボーカルが奇跡的な化学反応を生み出した。
アルバムの冒頭を飾った2曲は、当時のイタリア社会に巨大なスキャンダルを巻き起こした。
オープニングの「A voi romani(ローマ人たちへ)」では、ローマの既得権益層と硬直した体制に向けて「お前たちが大嫌いだ」と剥き出しの憎悪を叩きつけ、国民的テレビ司会者ピッポ・バウドから「野蛮人」と糾弾されるなど激しい物議を醸した。続く「Milano e Vincenzo」では、自らを裏切ったプロデューサーのミコッチを名指しし「ヴィンチェンツォ、お前を殺してやる」と過激なリリックを極めてキャッチーな美旋律ポップ・ロックに乗せて歌い、全土で大ヒットを記録した。
その一方で、アルバム後半に収められた夜のミラノの情景を描く傑作「Il Duomo di notte」や、障がいを抱える親友に捧げられた珠玉のバラード「La sedia di lillà」では、涙を誘うほど純度の高い詩情とリリシズムを展開。この鮮烈な二面性こそがアルベルト・フォルティスの真骨頂である。
デビュー作の大成功以降も、内省的で深淵な2nd『Tra demonio e santità』(1980年)、ロンドンのアビー・ロード・スタジオで録音された3rd『La grande grotta』(1981年)など傑作を連発。妥協を排したアティテュードと高水準なポップ・センスを貫き通す彼の音楽は、イタリアン・カンタウトーレ史において今なお鮮烈な輝きを放ち続けている。