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Clannadは、アイルランド出身の家族バンドだ。1970年にドニゴール州グウィドーで結成され、Brennan家の兄妹Ciarán、Pól、Máire(Moya)と、双子の叔父Noel Duggan、Pádraig Dugganを中心に活動を始めた。バンド名は、当初の「An Clann as Dobhar(ドーアの家族)」を1973年に短くしたもので、家族バンドとしての成り立ちがそのまま名前に残っている。
活動初期はフォーク、フォーク・ロック、フォーク・フュージョンの色合いが強く、そこからシンセサイザーや電子的な制作手法を取り入れたスタイルへ進んでいった。アイルランド語の歌唱や伝承音楽の要素を土台にしながら、80年代以降はテレビや映画とも結びつき、広い層に届く作品を残している。
Clannadの最初の演奏場所は、家族が改装した「Leo's Tavern」だった。1968年にBrennan家とDuggan家の父親たちがこの酒場を買い取り、子どもたちがそこで演奏を始めたという流れがある。1970年にはレターケニーで開かれた第1回スローガド・ユース・フェスティバルのコンテストに締め切りぎりぎりで応募して優勝し、賞金500アイルランド・ポンドとPolydorとの録音契約を得たが、当時は未成年のメンバーがいたため契約は成立しなかった。
1973年にレターケニーのフォーク・フェスティバルで優勝し、Philipsと契約。同年にセルフタイトルのデビュー作を発表した。1974年の『Clannad 2』(プロデュースはDónal Lunny)では、初めてシンセサイザーを使っている。1976年の『Dúlamán』はNicky Ryanがプロデュースし、ここからRyanと妻Roma Ryanの夫妻がバンドのマネージャーを務めるようになった。ヨーロッパ・ツアーで受けたスタンディング・オヴェーションが、メンバーにプロとして音楽で生きる決心をさせた。1979年には北米で36公演を行い、当時のアイルランドのバンドとしては最大規模のツアーとなった。
1980年代に入ると、Nicky Ryanはより電子的で多重録音を重ねたサウンドを求めたが、バンドはフォークへ戻りがちで、口論が続いた。
1980年には、Nicky Ryanの誘いで、Brennan兄妹の妹でDuggan兄弟の姪にあたるEithne Brennan(のちのEnya)がヴォーカルとキーボードで参加した。『Crann Úll』にはクレジットなしで関わっている。1982年の『Fuaim』発表後、ヨーロッパ・ツアー中の話し合いを経てRyan夫妻はマネージャーを退き、バンドという枠に窮屈さを感じていたEnyaも2人とともに脱退してソロの道へ進んだ。
Clannadの代表曲としてよく挙がるのが、1982年の「Theme from Harry's Game」だ。北アイルランド紛争を描いたドラマ『Harry's Game』の主題歌として、RCAと契約したばかりのClannadのPólとCiaránが「2時間ほどで」書き上げた曲だ。原作者Gerald Seymourは当初『Fuaim』収録のスコットランド・ゲール語の歌を希望したが、バンドはアイルランド語の歌詞の方がふさわしいと考えた。歌詞はコナハト地方のことわざを下敷きにしており、Moyaは「今あるもの、かつてあったものはすべて、いつか消えゆく」と説明している。ダブリンのWindmill Lane Studiosで、サンプリングを使わずに声を何重にも重ねて録音され、シンセサイザーとハーモニーをゆっくりと積み重ねる、のちのClannadの代名詞となるサウンドがここで生まれた。
1982年10月に発売されたこの曲は全英5位、アイルランド2位を記録し、アイヴァー・ノヴェロ賞も受賞した。全編アイルランド語で歌われたイギリスのヒット曲は、今もこの曲だけである。バンドは『Top of the Pops』に出演し、U2は1983年から1987年にかけてコンサートの終わりにこの曲を流していた。のちに映画『パトリオット・ゲーム』やフォルクスワーゲン・パサートのCMでも使われ、アメリカでの知名度を高めた。さらに1999年には、Moyaがソロで歌い直したヴォーカルを使ったChicaneの「Saltwater」が全英6位のヒットとなった。
1983年の『Magical Ring』は全英26位となり、初のゴールド・ディスクを獲得した。1984年から1985年にかけてはテレビ・シリーズ『Robin of Sherwood』の音楽を担当し、サウンドトラック『Legend』を発表している。この作品は全編英語の録音で、全英15位を記録し、アイルランドのバンドとして初めてBAFTAの最優秀テレビ音楽賞を受賞した。
1985年の『Macalla』には、U2のBonoとのデュエット「In a Lifetime」が入っている。1987年の『Sirius』はアメリカのプロデューサー、Russ KunkelとGreg Ladanyiが手がけ、Bruce Hornsbyも参加したが、Ciaránは「ラジオ向けに紙やすりをかけられたアルバムだった」と振り返っている。1989年のベスト盤『Pastpresent』は全英5位、プラチナ認定となった。同年、PólはPeter GabrielのWOMADの仕事のためにバンドを離れた。
1990年の『Anam』は、映画『パトリオット・ゲーム』やCMでの使用も追い風になり、1992年のアメリカ盤がBillboard 200で46位を記録した。これはClannadのアメリカでの最高位で、のちにゴールド認定も受けた。収録曲「Rí na Cruinne」は1992年のBillboard Music Awardsでワールド・ミュージック・ソング・オブ・ザ・イヤーを受賞した。
1993年の『Banba』には、映画『ラスト・オブ・モヒカン』のために書かれた「I Will Find You」が収録され、グラミー賞にノミネートされている。1996年の『Lore』もノミネートを受け、1998年の『Landmarks』では1999年のグラミー賞最優秀ニューエイジ・アルバムを受賞した。
Clannadは活動休止を経て、2007年1月にグラスゴーのセルティック・コネクションズで5人編成として復活した。2011年にはPólが正式に復帰し、2013年には1998年以来のスタジオ・アルバム『Nádúr』を発表している。
その後、メンバーの変化もあった。2016年にPádraig Dugganが死去し、同年Moyaは肺線維症を患っていることを公表した。2020年には結成50周年のアンソロジー『In a Lifetime』を出し、フェアウェル・ツアーは新型コロナの影響で延期された。2022年10月15日にNoel Dugganが亡くなり、2023年2月18日にダブリンの3Arenaでフェアウェル公演を行った。2024年10月30日のロイヤル・アルバート・ホール公演で活動を締めくくっている。2026年4月、Moya Brennanがドニゴールの自宅で73歳で死去し、Bonoは「天使のように歌った」と追悼した。