Vinyl Record Reviews
Nicolette Larson(ニコレット・ラーソン、1952年7月17日 - 1997年12月16日)は、アメリカ・モンタナ州ヘレナ出身のシンガー/ソングライターだ。1970年代後半から1980年代にかけて、ソロ・アーティストとしてだけでなく、ウエストコースト・ロックやカントリーの数多くの作品でバック・ヴォーカリストとしても活躍した。
ラーソンは米国財務省に勤める父親の転勤に伴って、幼少期から各地を移り住んだ。ミズーリ州セントルイス、マサチューセッツ州ボストン、バージニア州アレクサンドリア、アラバマ州バーミングハム、オレゴン州ポートランドを経て、カンザスシティで高校を卒業し、ミズーリ大学カンザスシティ校にも通っている。
1970年代初頭にサンフランシスコへ移ると、バークレーのレコード店(Discount Records)で働きながら、ブルーグラス・フェスティバルの制作スタッフも務めた。その後、David Nichternのバンドや、1975年にオーディションを受けて参加したHoyt Axton、Commander Cody and His Lost Planet Airmen(1975年作『Tales from the Ozone』で初のレコード・クレジットを獲得)の録音やツアーに参加し、現場経験を積んでいった。
Emmylou Harrisの『Luxury Liner』(1977年、収録曲「Hello Stranger」でフィーチャー)への参加を通じて、ハリスのバック・バンドのギタリストだったHank DeVito(のちに結婚し1978年に離婚)やLinda Ronstadtと親交を結び、そこからNeil Youngの仕事につながっていく。
1977年、Ronstadtのマリブの自宅にいた際、隣人だったNeil Youngから女性コーラスを探しているという電話があり、Ronstadtの推薦でYoungに引き合わされた。ラーソンは「ニールは書き上げたばかりの20曲ほどを次々に演奏し、私たちがハーモニーをつけると大喜びした」と回想している。翌週にはYoungの牧場でRonstadtとともに『American Stars 'n Bars』(1977年、「The Bullets」名義でクレジット)のコーラスを録音し、同年11月にはナッシュビルに招かれて『Comes a Time』(1978年)の全編でハーモニーを担当した。とくに『Comes a Time』に収録された「Lotta Love」が後にラーソン自身の代表曲になる。
Doobie Brothersの『Minute by Minute』(1978年)にもコーラスで参加した縁から、同作のプロデューサーであるTed Templemanがプロデュースを手がけ、1978年9月29日にWarner Bros.からソロ・デビュー作『Nicolette』(邦題『愛しのニコレット』)を発表した。Linda Ronstadt、Valerie Carter、Bill Payne、James Burton、Patrick Simmonsらが参加している。
このアルバムからシングル・カットされたNeil Young作の「Lotta Love」(邦題「溢れる愛」)は、1979年2月にBillboard Hot 100で8位、アダルト・コンテンポラリー・チャートで1位を記録した。アルバムも全米15位まで上がり、ゴールド認定を受けている。『ローリング・ストーン』誌では1978年の最優秀女性ヴォーカリストに選出され、1979年9月にはマディソン・スクエア・ガーデンで開催された反原発コンサート『No Nukes』にも出演してDoobie Brothersをバックに「Lotta Love」を歌った。
2作目『In the Nick of Time』(邦題『愛の季節』、1979年、全米47位)では、Michael McDonaldとのデュエット「Let Me Go, Love」(邦題「愛にさよならを」)が全米35位を記録した。続く『Radioland』(邦題『レディオランド』、1980年、全米62位)、当時の婚約者だったAndrew Goldがプロデュースした『All Dressed Up & No Place to Go』(邦題『オール・ドレスト・アップ&ノー・プレイス・トゥ・ゴー』、1982年、全米75位)もWarner Bros.から発表している。
この時期は、ソロ作品に加えて、Christopher Cross「Say You'll Be Mine」やDoobie Brothers「Real Love」など、ウエストコースト・ロック周辺の録音でバッキング・ヴォーカルを数多く担当した。
1983年にはカントリー・ミュージカル『Pump Boys and Dinettes』のツアー出演が好評だったことを機にMCA Nashvilleと契約し、ナッシュビルへ拠点を移した。1984年にはAcademy of Country Music(ACM)賞の最優秀新人女性ヴォーカリスト賞を受賞している。
その後はEmory Gordy Jr.とTony Brownのプロデュースによる『...Say When』(邦題『セイ・ホエン』、1985年)と『Rose of My Heart』(邦題『ローズ・オブ・マイ・ハート』、1986年)を発表し、後者からのSteve Warinerとのデュエット「That's How You Know When Love's Right」は全米カントリー・チャート9位のヒットとなった。
1988年には映画『ツインズ(Twins)』にナイトクラブの歌手役で出演し、Jeff Beck(ギター)やTerry Bozzio(ドラムス)と共演した「I'd Die for This Dance」を披露した。また同年にはイタリアのCGDレーベルから『Shadows of Love』も発表している。
1990年にはセッション・ドラマーのRuss Kunkelと結婚し、同年7月に長女Elsie May Larson-Kunkelが誕生した。1992年にはNeil Youngの『Harvest Moon』、1993年には『Unplugged』で再びYoungと共演し、1994年には娘に捧げた子ども向けアルバム『Sleep, Baby, Sleep』(David Crosby、Graham Nash、Linda Ronstadtらが参加)をSony Wonderから発表した。
1997年12月16日、肝不全に起因する脳浮腫のためロサンゼルスで45歳で死去した。1998年2月20〜21日にはサンタモニカ・シヴィック・オーディトリアムでUCLA小児病院支援を兼ねた追悼コンサートが開かれ、Carole King、Emmylou Harris、Jackson Browne、Joe Walsh、Bonnie Raitt、Linda Ronstadt、Crosby, Stills & Nash、Little Featらが参加した。そのライヴ音源は2006年にRhinoから『A Tribute to Nicolette Larson: Lotta Love Concert』としてリリースされている。