Vinyl Record Reviews
Nolan Porter(ノーラン・ポーター、本名:Nolan Frederick Porter、1949年5月10日〜2021年2月4日)は、アメリカ・カリフォルニア州ロサンゼルス出身のソウル/R&Bシンガー、ソングライターだ。初期には「N.F. Porter」名義でも知られ、1970年代初頭のわずかな録音でありながら、英国ノーザン・ソウル・シーンにおいて絶大なカルト的人気を誇るソウル・レジェンドである。
ステッペンウルフやスリー・ドッグ・ナイト、そしてジャニス・ジョプリンの名盤を手掛けた敏腕プロデューサーのガブリエル・メクラー(Gabriel Mekler)に見出され、彼が主宰するレーベルLizard Recordsからデビューした。
1970年にファースト・アルバム『No Apologies』、1972年にはセカンド・アルバム『Nolan』(ABC/Lizard)を発表。わずか2枚のスタジオ・アルバムと一握りのシングルという短い録音キャリアであったが、力強くエモーショナルな歌唱と卓越したアレンジメントが凝縮されていた。
ポーターの名を音楽史に刻んだ最大の代表曲が、1972年に発表されたシングル「If I Could Only Be Sure」だ。メクラーとポーターが共作したこの哀愁溢れる名曲は、大西洋を渡ってイギリスのノーザン・ソウル・シーンで発掘され、ウィガン・カジノ(Wigan Casino)やザ・トーチ(The Torch)といった名門クラブのオールナイターで熱狂的な支持を集めるアンセムとなった。
この曲に深い感銘を受けた「モッドファーザー」ことポール・ウェラー(Paul Weller)は、2004年のカバー・アルバム『Studio 150』のオープニング・ナンバーとして本曲を熱唱。原曲の切実なソウルネスを蘇らせ、新世代のロック/ソウル・ファンへノーラン・ポーターの偉大さを改めて知らしめた。
また、1971年のシングル「Keep On Keeping On」もノーザン・ソウルのダンスフロアで愛され続けたキラー・チューンだ。疾走するドラム・ビートと躍動するベースラインは、後に英マンチェスターのポストパンク・バンド、ジョイ・ディヴィジョン(Joy Division)の歴史的名曲「Transmission」のベースラインに直接的なインスピレーションを与えたことでも知られる。
妻はモータウンの名シンガーであるブレンダ・ホロウェイの妹で、自身もトップ・セッション・シンガーであったパトリス・ホロウェイ(Patrice Holloway)。アメリカ本国のチャートでは不遇であったものの、海を越えた熱狂的なソウル・ファンとミュージシャンたちに愛され続け、晩年まで誇り高くステージに立ち続けた真のシンガーであった。