Paco De Lucía

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Paco De Lucía

Paco De Lucía

Paco De Lucía(パコ・デ・ルシア)は、スペイン南部カディス県アルヘシラス出身のフラメンコ・ギタリスト、作曲家だ。1947年12月21日生まれ、2014年2月25日にメキシコのカンクンで亡くなっている。本名はFrancisco Gustavo Sánchez Gómezで、芸名は母Lúcia Gomesの名に由来する。

幼少期からギターを学び、早くから活動を始める

父Antonio Sánchez Pecinoがフラメンコ・ギタリストで、パコは5歳でギターを教わった。練習量はかなり多かったとされ、幼いころから演奏技術を磨いていった。兄のPepe De Lucíaは歌手、Ramón De Algecirasはギタリストで、家族の中にも音楽家がいた。

14歳のときには兄Pepeとのデュオ「Los Chiquitos de Algeciras」で録音を残している。1960年代初頭には舞踊家José Grecoのフラメンコ舞踊団に参加し、海外ツアーも経験した。

Camarón de la Islaとの共同作業

1968年から1977年にかけては、カンタオールのCamarón de la Islaと10枚のアルバムを制作した。この共演は、20世紀後半のフラメンコ史で重要な出来事として扱われることが多い。ギターと歌の関係を軸にしながら、当時のフラメンコの表現を前に進めた時期だ。

「Entre dos aguas」で広く知られる

1973年のアルバム『Fuente y caudal』に収録されたルンバ「Entre dos aguas」は、スタジオで即興的に生まれた曲として知られる。シングルとして大きく売れ、スペインのチャートでも長く上位に入った。曲名は、故郷アルヘシラスの地理的なイメージに重ねて語られることがある。

フラメンコにカホンを取り入れる

1977年、パコはペルーのリマで打楽器奏者Caitro Sotoの演奏に触れ、カホンを持ち帰った。その後、この楽器をフラメンコに取り入れたことで、カホンはフラメンコの演奏でよく使われる楽器になっていく。

ジャズやフュージョンとの接近

1981年には兄弟を含むセクステットを結成し、Carles Benaventらとともに活動した。この編成では、ジャズやフュージョンの要素がフラメンコに入っている。同じ年にJohn McLaughlin、Al Di Meolaとのライヴ盤『Friday Night in San Francisco』を発表し、この作品は100万枚以上を売り上げたとされる。フラメンコ・ギターを国際的に広めた作品のひとつとして扱われている。

ほかにもChick CoreaやLarry Coryellと共演している。フラメンコを軸にしながら、ジャズ側の演奏家とも活動を重ねた点が、パコのキャリアの特徴になっている。

クラシック作品への取り組み

1991年には、Joaquín Rodrigoの「アランフエス協奏曲」をEdmon Colomer指揮のカダケス管弦楽団と録音した。フラメンコ・ギタリストとして知られる一方で、クラシック作品にも取り組んでいる。

受賞と晩年

2004年にはアストゥリアス皇太子賞を受賞した。2014年2月25日、滞在先のメキシコで心臓発作により66歳で亡くなっている。遺作『Canción Andaluza』はラテン・グラミー賞の最優秀アルバム賞を受賞した。

音楽的な特徴

  • フラメンコを基盤にしたギター演奏
  • ジャズ、フュージョンとの接続
  • カホンの導入によるリズム面への影響
  • 歌手Camarón de la Islaとの長期的な共同作業
  • ソロ、デュオ、セクステット、管弦楽との共演まで活動範囲が広い

パコ・デ・ルシアは、フラメンコの伝統を土台にしながら、他ジャンルとの共演や楽器編成の拡張を進めたギタリストだ。録音、ライヴ、コラボレーションのどれを見ても、活動の幅がかなり広い。

ジャンル・スタイル

Latin Flamenco Fusion
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