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Trio Mocotóは、ブラジル・サンパウロで1968年に結成されたグループだ。ジャンルはFolk, World, & Country、Funk / Soul、Latinにまたがり、スタイル面ではSambaとMPBが軸になっている。メンバーにはJoão Parahyba、Skowa、Nereu Gargalo、Joãozinho Carnavalesco、Luiz Carlos Fritzの名前が挙がっている。
グループは、サンパウロのナイトクラブ「Jogral」のハウス・ミュージシャンだったFritz Escovão、João Parahyba、Nereu Gargaloによって始まった。クラブでは、クレメンティーナ・ジ・ジェズス、ネルソン・カヴァキーニョ、カルトーラといった歌手や演奏家の伴奏を務めていたという。さらに、訪れた海外ミュージシャンとのジャム・セッションもあり、デューク・エリントン、オスカー・ピーターソン、ディジー・ガレスピーの名前も残っている。
Trio Mocotóを語るうえで、ジョルジ・ベンとの関係は外せない。Jogralでのセッションでは、ベンのギターにFritzのクイーカ、Nereuのパンデイロ、Joãozinho Carnavalescoのティンバとドラムが加わり、この組み合わせがグループの持ち味になっていった。ここから生まれたビートは、のちにサンバ・ホッキ、つまりサンバ・ロックと呼ばれる流れにつながっていく。
ベンとトリオはJogralでフィリップスと契約し、トリオは「País Tropical」「Take It Easy My Brother Charles」「Que Pena」「Domingas」などでベンのバックを務めた。1969年以降は『Fôrça Bruta』『Negro É Lindo』『A Tábua de Esmeralda』といった代表作にも参加した。
「モコトー」は、当時は女性の膝を指す俗語として使われていた。メンバーがクラブに来る女性たちを冗談でそう呼んでいたことが、グループ名の由来になっている。ジョルジ・ベンはその二重の意味を込めて「Eu também quero mocotó」を書いたとされる。
1969年の国際歌謡祭でベンと「Charles, Anjo 45」を演奏した際、この名前が正式なものとして広まったが、会場のマラカナンジーニョではブーイングも起きた。
Trio Mocotóは1971年にフィリップスから初のアルバム『Muita Zorra! Ou São Coisas Que Glorificam a Sensibilidade Atual』を発表した。同年には、エラスモ・カルロス作の「Coqueiro Verde」がヒットしている。
その後も、トッキーニョとヴィニシウス・ジ・モライスの「A Tonga da Mironga do Kabuletê」、シコ・ブアルキの『Construção』収録曲「Samba de Orly」に参加した。
1970年代後半にはディスコの流行で、こうしたバンドへの需要は減っていった。
Trio Mocotóは2000年に再結成し、2001年のアルバム『Samba Rock』でスタジオに戻った。この作品は、ヨーロッパと日本ではクラムド・ディスクのZiriguiboomレーベルから発売されている。その後はヨーロッパや日本でツアーやフェスティバルにも出演した。
2001年にはサンパウロ芸術批評家協会(APCA)の最優秀グループ賞も受賞している。2011年にはチャリティー・アルバム『Red Hot + Rio 2』でマイラ・アンドラージと「Berimbau」を録音した。
2003年からはFritzに代わってSkowaがギターを担当したが、Skowaは2024年6月に68歳で、Fritzも同年10月に81歳で亡くなっている。
Trio Mocotóの特徴は、サンバを土台にしながら、ソウルやロックの要素を混ぜた演奏にある。クイーカ、パンデイロ、ティンバ、ドラムといった打楽器の組み合わせが、サンバ・ロック、あるいはサンバランソと呼ばれる流れの形成に関わった。