Trio Mocotó - Trio Mocotó (1977)
Trio Mocotó『Trio Mocotó』
Trio Mocotóの1977年作『Trio Mocotó』は、ブラジルのArlequimから出たアルバム。クレジットにはTrio Mocotó and Chorusとあり、録音はリオデジャネイロのRCA StudiosとサンパウロのEldorado Studiosで行われ、ストリングスとブラスはロンドン郊外ウェンブリーのThe Music Centreで重ねられた。
制作背景・エピソード
Trio Mocotóは1968年、サンパウロのクラブ「Jogral」のハウス・バンドとして始まったグループ。メンバーはフリッツ・エスコヴァンことLuiz Carlos de Souza Muniz、ジョアン・パライーバ、ネレウ・ガルガーロの3人で、Jogralではクレメンチーナ・ジ・ジェズス、ネルソン・カヴァキーニョ、カルトーラらの伴奏を務め、来訪した海外ミュージシャンともジャム・セッションを重ねていたという。
グループ名の由来も1960年代末の空気をそのまま映している。ミニスカート流行のころ、「mocotó」が女性の脚や膝を指すスラングとして使われ、Jogralで女性の話をしていた3人のあだ名が定着した。1969年のFestival Internacional da Cançãoでジョルジ・ベンと「Charles, Anjo 45」を演奏した際に正式な名前として紹介され、このときは観客からブーイングを浴びたとされる。
このアルバムでは、リズム録りをブラジル国内の2つのスタジオで行い、その後ロンドンで管弦のオーバーダブを加えている。フランス盤のクレジットでは、編曲と指揮はイタリアのDaniele Patucchiとされている。同じ1977年には、イタリアのCAMなどから『The Brazilian Sound』のタイトルでも出ている。
時代の文脈
Trio Mocotóは、ジョルジ・ベンのバックバンドとしてよく知られる存在。Jogralでのジャム・セッションで、ベンがギターで加わり、フリッツがクイーカ、ネレウがパンデイロを担当したところから、のちに「samba rock」と呼ばれるスタイルの土台ができたとされる。ベンの『Força Bruta』(1970年)や『Negro É Lindo』(1971年)で演奏し、1971年にはエラスモ・カルロス作の「Coqueiro Verde」をヒットさせた。さらに、トッキーニョとヴィニシウス・ジ・モライスの「A Tonga da Mironga do Kabuletê」や、シコ・ブアルキ『Construção』(1971年)の「Samba de Orly」にも参加している。
本作のB面ラストの「Que Nega É Essa」はジョルジ・ベンの曲のカバー。1970年代後半にはディスコ・ブームの影響で、この種のバンドへの需要が落ち込み、音楽ブログMusic Is My Sanctuaryによれば、グループは本作の録音後に解散したという。
後世への影響
2000年には再結成され、2001年の『Samba Rock』でヨーロッパや日本のツアー、フェスティヴァル出演を果たした。のちにイギリスのMr Bongoが本作をArlequimからライセンスして再発し、オープニング曲「Não Adianta」は7インチでウィルソン・シモナル「Nem Vem Que Não Tem」とのカップリングでも出された。Mr Bongoは「Não Adianta」を、本作で初めて世に出た、オーケストラを取り入れた曲として紹介している。
Music Is My Sanctuaryは「Não Adianta」を「ファンキーなサンバの逸品」と呼び、「壮大で大胆」で「楽観的なノスタルジア」がある曲と評して、ストリングス、ブラス、ピアノ、フルートを含むアレンジにも触れている。2024年には、2003年からフリッツに代わってメンバーだったスコワが6月に、フリッツ・エスコヴァンが10月に亡くなっている。
トラックリスト
- A1 Não Adianta 4:11
- A2 O Meu Violão 3:28
- A3 A Rosa 3:51
- A4 Xuxu Melão 3:18
- A5 Doca 3:59
- B1 Toda Tarde 3:27
- B2 Sossega Malandro 3:08
- B3 Dilê 6:48
- B4 Onde Anda Voce 2:49
- B5 Que Nega É Essa 5:11