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Dee D. Jacksonは、1945年ではなく1954年7月15日生まれのイギリス出身シンガーソングライター、元モデル、プロデューサーだ。活動初期にはバック・ヴォーカリストとして経験を積み、その後にソロへ移行した。名前は本名のDeirdre Cozierをもとに、シェフィールド出身のベーシスト/プロデューサーGary Unwinと組んで作られたステージ・ペルソナとして使われた。
Dee D. Jacksonの代表作としてまず挙がるのが、1978年のデビュー・アルバム『Cosmic Curves』だ。Jupiter Recordsと契約して制作されたこの作品では、Gary Unwinに加えて、ジョルジオ・モロダー周辺で活動していたKeith Forseyが共同プロデュースを担当している。ほかにも、鍵盤とシンセを担ったKristian Schultze、ドナ・サマー「Love To Love You Baby」にも参加したMartin Harrison、The Spotnicks出身のギタリストMats Björklundらが制作に名を連ねる。
レコーディングはバイエルンのシェーンガイジングで行われた。アルバムの先行シングル「Automatic Lover」は大きなヒットとなり、UKシングルチャートで4位、西ドイツで5位、イタリアで13位を記録した。売上はヨーロッパ全体で600万枚から800万枚と伝えられている。
ジャンルとしてはElectronic、Popに分類され、スタイル面ではSynth-popとDiscoが中心になる。特に『Cosmic Curves』では、宇宙船や異星人といったSF的なイメージを前面に出しているが、本人は内容をかなり自伝的なものとして捉えていたという。心を閉ざした恋人のもとを離れ、自分の性の在り方や自由を探る女性の物語として構想されたコンセプト・アルバムでもある。
このあたりは、単に見た目のスペース・ディスコで終わらず、当時のディスコやシンセ・ポップの文脈の中で、女性の自己決定や移動、関係の断絶をテーマに置いている点が特徴だ。制作面では、モロダー周辺のディスコ制作とも接点があり、シンセ、ベース、ドラム、ギターの役割がきれいに整理された音作りが確認できる。
大ヒットの一方で、「Automatic Lover」ではジャクソン自身が作詞クレジットに名を連ねておらず、印税はGaryとPatty Unwin夫妻が受け取る形になった。本人はこの配分に長年不満を抱いていたとされる。
1980年代半ばにはイタリアへ拠点を移し、その後はBirdy名義でハウス・ミュージック方面のプロジェクトにも関わった。ソロのスペース・ディスコからハウス寄りの活動まで、時代の変化に合わせて活動領域を広げていった流れがある。
Dee D. Jacksonは、1970年代後半のヨーロッパのディスコ/シンセ・ポップの流れの中で、SF的なイメージとダンス・ミュージックを結びつけた人物として見られている。特に「Automatic Lover」のヒットは、スペース・ディスコという形式を広く知られるものにした記録のひとつとして参照されることが多い。
関連資料や紹介ページでも、彼女のイメージ先行のアーティスト性だけでなく、コンセプト・アルバムとしての構成や、当時の欧州ディスコ制作陣との接点が繰り返し取り上げられている。音だけでなく、キャラクター設定や物語性を含めて作品を組み立てたアーティストとして押さえておきたい存在だ。