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ジュリー・ドリスコール、ブライアン・オーガー&ザ・トリニティ(Julie Driscoll, Brian Auger & The Trinity)は、1960年代後半のイギリス・ロンドンを拠点に活動したジャズ・ロック/サイケデリック・ソウル/モッズ・バンドである。ロック、R&B、ソウル、ジャズを高次元で融合させ、スウィンギング・ロンドンの最先端カルチャーを体現した伝説的ユニットとして知られる。
ハモンドオルガンの名手ブライアン・オーガーと、その類まれな歌唱力と存在感で時代のアイコンとなった女性シンガーのジュリー・ドリスコールがフロントを務め、ドラマーのクライヴ・サッカーやベーシストのデイヴ・アンブローズら実力派バック・バンド「ザ・トリニティ」がその強靭なグルーヴを支えた。
このユニットの母体となったのは、敏腕プロデューサー兼マネージャーのジョルジオ・ゴメルスキーが結成を主導した伝説のR&Bショーケース・グループ「ザ・スチームパケット(The Steampacket)」である。同グループには若き日のロッド・スチュワートやロング・ジョン・ボルドリーとともにブライアン・オーガーとジュリー・ドリスコールが参加していた。
スチームパケット解散後、オーガーが率いていた自身のインストゥルメンタル・トリオ「ザ・トリニティ」にドリスコールが合流する形で、1967年に「Julie Driscoll, Brian Auger & The Trinity」として本格的な活動を開始した。
彼らのサウンドの最大の推進力は、ジミー・スミス直系のブルージーかつ超絶技巧を誇るブライアン・オーガーのハモンドB3オルガンである。ジャズの高度なインプロヴィゼーションを土台に据えながら、モッズ直系のソリッドなR&Bビートとサイケデリック・ロックの色彩感を大胆に導入した。
さらに、ジュリー・ドリスコールのスモーキーで情熱的なハスキー・ヴォイスが、バンドに圧倒的な緊張感とエモーショナルな深みをもたらした。彼女の個性的なベリーショートのヘアスタイルやボヘミアン/モッズ・ファッションは「スウィンギング・ロンドンのミューズ(ジュールズ)」として当時の若者文化を熱狂させた。
1967年に発表されたデビュー・アルバム『Open』では、ドノヴァンの「Season of the Witch」やローウェル・フルソンの「Tramp」などを取り上げ、黒人音楽の粘り強いグルーヴと英国ジャズ・ロックの実験性を鮮やかに提示した。
1968年、ボブ・ディランとザ・バンドのリック・ダンコが共作した「This Wheel's on Fire(火の車)」をカバーしてシングル・リリースした。重厚にうねるハモンドオルガン、フェイザーやフランジャーによる幻想的なサイケデリック音響、そしてドリスコールの鬼気迫る歌声が見事に融合したこの曲は、全英シングル・チャート5位を記録する世界的メガヒットとなった(後に英BBCの人気コメディ番組『アブソルートリー・ファビュラス』の主題歌としてもリバイバルした)。
1969年には2枚組の金字塔アルバム『Streetnoise』を発表した。ニーナ・シモン、ザ・ドアーズ、リッチー・ヘブンス、ローラ・ニーロらの楽曲を再構築し、カウンターカルチャーの反戦気運や時代の空気を濃密に封じ込めた名盤として今なお絶大な評価を誇る。
1969年、人気の絶頂にありながらジュリー・ドリスコールが商業主義的なポップ・シーンからの完全な離脱を決意して脱退し、グループは発展的解消を遂げた。ブライアン・オーガーはその後「ブライアン・オーガーズ・オブリヴィオン・エクスプレス」を結成し、1970年代ジャズ・ファンク/フュージョン・シーンの重鎮となった。
一方のドリスコールはピアニストのキース・ティペットと結婚し、ジュリー・ティペッツ名義でセンティピード(Centipede)などのブリティッシュ・アヴァンギャルド/フリー・ジャズの世界へ進出し、前衛ヴォイス・パフォーマーの最高峰として独自の世界を築いた。
ジャンルの垣根を軽やかに超越したその先駆的なサウンドは、1990年代以降のアシッド・ジャズやレア・グルーヴ・ムーヴメントにおいて極めて重要なルーツとして再評価され、今なお色褪せないモダンな輝きを放ち続けている。