Kingo Hamada

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Kingo Hamada

濱田金吾(はまだ きんご)は、1953年1月17日東京都新宿区生まれのシンガー・ソングライター、作曲家、ベーシストだ。1970年代のフォーク・ロック・グループ「クラフト」のメンバーとしてプロ・キャリアをスタートさせ、1980年代にはソロ・アーティストとして洗練されたAOR/シティ・ポップ作品を次々と発表した。また、作曲家としても数多くのヒット曲を手掛けている。

クラフト時代とソロ始動

1974年にフォーク・ロック・グループ「クラフト」にベーシスト兼ボーカル、ソングライターとして加入。さだまさし作詞・作曲の「僕にまかせてください」(1975年)が大ヒットを記録し、広く知られる存在となった。クラフト解散後、音楽プロデューサー小杉理宇造の誘いを受け、山下達郎らとともに「AIR RECORDS」の立ち上げに参画。日本のニューミュージックが都会的なポップスへと進化していく潮流の中で、ソロ活動をスタートさせた。

ソロ活動とAOR/シティ・ポップ

1980年、全編ニューヨーク録音による1stソロ・アルバム『Manhattan in the Rain』でソロ・デビュー。現地の一流ミュージシャンを迎えたタイトなアンサンブルと都会的なメロディが、当時の日本のポップス・シーンで大きな注目を集めた。

佐野元春、杉真理、網倉一也らとともに「JAPACON(Japanese Contemporary Sounds)」と銘打った共同プロモーションを展開するなど、都会的で洗練されたコード感と洋楽志向のサウンドを日本語ポップスに融合させる流れをリードした。1982年にはアルファ・ムーン(MOON RECORDS)へ移籍し、アーバン・ソウルやジャズ・ファンクの要素を深めた洗練された作品を次々とリリースしていった。

代表作

  • 『Manhattan in the Rain』(1980年):ニューヨーク録音によるソロ・デビュー・アルバム。

  • 『midnight cruisin'』(1982年):MOON RECORDS移籍第1弾となった4thアルバム。倉田信雄のアートなアレンジと康珍化らの都会的な詞世界が光る、日本のAOR/シティ・ポップ屈指の名盤。

  • 『MUGEN NO NATSU(無限の夏)』(1983年):ブリーズ感あふれるリゾート・サウンドを打ち出した夏の名盤。

  • 『Heart Cocktail』(1985年)、『Fall in Love』(1985年):80年代中盤のデジタル/シンセサイザー・サウンドを取り入れた作品群。

楽曲提供と作曲家としての仕事

濱田金吾は自身のソロ活動にとどまらず、作曲家としても膨大な実績を残している。太田裕美、高橋真梨子、西城秀樹、岩崎宏美をはじめとする数多くのアーティストに楽曲を提供し、その数は300曲以上に及ぶ。歌手それぞれの魅力を最大限に引き出すメロディ・センスが高く評価され、歌謡曲からポップスまで幅広い領域で日本の音楽シーンを支えた。

海外での再評価と現在

近年の世界的なシティ・ポップ・ブームの中で、濱田金吾の作品は国内外で熱烈な再評価を受けている。特に『midnight cruisin'』収録の「街のドルフィン(Dolphin in Town)」のホーン・リフが、海外プロデューサーEngelwoodの「Crystal Dolphin」(2017年)にサンプリングされ、TikTokをはじめとするSNSで世界的なバイラル・ヒットを記録した。これを契機に海外の若いリスナーの間でも濱田金吾の原曲とアルバム群が再発見され、日本のAOR/シティ・ポップ史を語るうえで欠かせない重要アーティストとして国際的なリスペクトを集めている。

関係した人物と作品の背景

  • クラフト:1970年代に在籍したフォーク・ロック・グループ。

  • 小杉理宇造:AIR RECORDS、MOON RECORDSを主宰した名プロデューサー。

  • 山下達郎:レーベルメイトとして同時代のポップスを共に切り拓いた盟友。

  • 倉田信雄、松下誠、村田和人:レコーディングやセッション(Moon Kids等)で共演した重要ミュージシャン。

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