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Little Junior Parker(ジュニア・パーカー)は、アメリカ南部のブルース・シンガー/ハーモニカ奏者/ソングライターだ。生年は1927年説と1932年説があり、資料によって異なる。出身地についても、アーカンソー州ウェスト・メンフィス説とミシシッピ州クラークスデール近郊説がある。1971年11月18日にイリノイ州ブルーアイランドで亡くなった。
パーカーは最初、ハーモニカ奏者としてブルースに入った。1948年にウェスト・メンフィスへ来たハウリン・ウルフをバックしたのが、活動の早い時期の記録として残っている。1949年にはハウリン・ウルフのグループに加わり、その後は「Little Junior」の名で呼ばれるようになった。
1950〜51年ごろには自身のバンド、The Blue Flamesを結成し、1952年にはレコーディングも行っている。この時期までに、パーカーはハーモニカ奏者というより、歌を前面に出すスタイルへ移っていた。
1952年にはアイク・ターナーに見出され、Modern Recordsで録音した。その後、1953年にSun Recordsで発表した「Feelin' Good」がヒットしている。Sun時代の「Mystery Train」も重要で、後にエルヴィス・プレスリーのカバーで広く知られるようになった。
最も成功した時期として挙げられるのが、ヒューストンのDuke Records時代だ。1953年から1966年にかけて在籍し、「Next Time You See Me」(1957年)や「Driving Wheel」(1961年)などをR&Bチャートに送り込んだ。ボビー・ブランドとともにBlues Consolidated Revueとしてツアーも行っている。
パーカーは、温かみのあるヴォーカルと、角の立ちすぎないハーモニカで知られている。ハーモニカにはサニー・ボーイ・ウィリアムソンIIの影響が強く出ているとされ、本人とも共演している。初期はブルースのハーモニカ奏者として動き、のちには歌唱を軸にした録音が増えた。
後年はソウル寄りのスタイルでも録音しているが、ときどきブルースに戻ってハーモニカを吹く場面もあった。ジャンル表記としてはブルースとファンク/ソウルが並ぶが、実際の足取りを見ると、メンフィス・ブルースからR&B、ソウルへとまたがる活動が目立つ。
ミシシッピ・ブルース・トレイルの記念碑では、B.B.キング、ボビー・“ブルー”・ブランド、リトル・ミルトンと並ぶ、1950〜60年代のトップ・ブルース・スターの一人として扱われている。2001年にはブルースの殿堂入りも果たした。
親族にはアル・グリーンがいる。アル・グリーンは1974年のアルバムで「Take Me to the River」をパーカーに捧げており、パーカーの存在が後のソウル・シーンにもつながっていたことがうかがえる。
Little Junior Parkerは、ブルースのハーモニカ奏者として出発し、歌の表現を前に出しながら、メンフィス・ブルース、R&B、ソウルのあいだを行き来したミュージシャンだ。録音された曲を追うと、1950年代から60年代の南部ブラック・ミュージックの流れが見えやすい。