Melvin "Wah Wah" Watson

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Melvin "Wah Wah" Watson

Melvin "Wah Wah" Watsonとは

Melvin "Wah Wah" Watson(メルヴィン・“ワー・ワー”・ワトソン、本名:Melvin M. Ragin[メルヴィン・M・レイギン])は、1960年代末から2010年代まで第一線で活動したアメリカのソウル/ファンク/ジャズ・ファンク・ギタリスト、ソングライター、プロデューサーだ。1950年12月8日にバージニア州リッチモンドで生まれ、2018年10月24日にカリフォルニア州サンタモニカで亡くなっている。

モータウン「The Funk Brothers」加入と名前の由来

牧師の父Robert Raginと伝道師の母Cora Raginのもとで育ち、15歳のときに母親から最初のギターを買い与えられた。1960年代後半にミシガン州デトロイトへ移住し、1968年にMotown Recordsの専属スタジオ・ハウス・バンド、The Funk Brothers(ファンク・ブラザーズ)に最年少世代のメンバーとして加入した。

この時期に先輩ギタリストのDennis Coffey(デニス・コフィー)が使っていたワウ・ペダル(wah-wah pedal)を耳にして自身でも導入したことが、「Wah Wah Watson」という愛称につながった。エレキ・ギターとワウ・ペダルを駆使したリズミックで色彩豊かなカッティングと音色変化を持ち味とし、モータウンのサウンドに新たなファンク色をもたらした。

「Papa Was a Rollin' Stone」とモータウン期の代表作

モータウン期の代表的な仕事として広く知られるのが、1972年にNorman Whitfield(ノーマン・ホイットフィールド)がプロデュースしたThe Temptations(テンプテーションズ)の「Papa Was a Rollin' Stone」(全米1位・グラミー賞受賞曲)だ。イントロから楽曲全体を牽引する印象的なワウ・ギターは、ワトソンの代名詞的プレイとなっている。

ほかにもThe Temptationsの『All Directions』(1972年)や『Masterpiece』(1973年)、The Jackson 5の『ABC』(1970年)、Four Topsの『Nature Planned It』(1972年)、The Undisputed Truth、The Supremes、Martha Reeves、そしてMarvin Gaye(マーヴィン・ゲイ)の『Let's Get It On』(1973年)など、モータウンの数多くの重要作に参加した。

西海岸でのセッション活動とハービー・ハンコックとの協業

モータウン本社のロサンゼルス移転に伴い、ワトソンも西海岸へ拠点を移した。1970年代から1980年代にかけては、ソウル、ファンク、ジャズ・ファンク、ディスコ、ポップスのトップ・セッション・ギタリストとして活躍する。

なかでもHerbie Hancock(ハービー・ハンコック)との結びつきは深く、映画音楽『Death Wish(狼よさらば)』(1974年)を皮切りに、『Man-Child』(1975年)、『Secrets』(1976年)、『V.S.O.P.』(1977年)、『Feets, Don't Fail Me Now』(1979年)、『Monster』(1980年)、『Mr. Hands』(1980年)、『Dis Is Da Drum』(1994年)まで長年にわたりハンコックのグループおよびレコーディングの中核を担った。特に1976年の『Secrets』では共同プロデューサーにも名を連ね、オープニング曲「Doin' It」では盟友Ray Parker Jr.(レイ・パーカー・ジュニア)とともに演奏し、ベースやヴォイス・バッグ(トーキング・モジュレーター)も担当している。また、Pointer Sisters(ポインター・シスターズ)の『Steppin'』(1975年)などでは演奏だけでなく楽曲提供も行った。

唯一のソロ・リーダー作『Elementary』(1976年)

1976年には、David Rubinson(デヴィッド・ルビンソン)との共同プロデュースにより、Columbia Records(規格番号:PC 34328)から自身唯一のソロ・リーダー・アルバム『Elementary』を発表した。タイトルとジャケットはシャーロック・ホームズの相棒「ワトソン博士」の決め台詞("Elementary, my dear Watson")をもじったもので、ワウ・ペダル、エコープレックス(Echoplex)、ヴォイス・バッグ、初期のギター・シンセサイザーを駆使し、James Jamerson、Louis Johnson、Joe Sample、Ollie Brown、Ray Parker Jr.ら豪華セッション陣とともに録音された。

収録曲には「Goo Goo Wah Wah」「Together (Whatever)」「Bubbles」や、のちにヒップホップ・プロデューサーの9th Wonderらにもサンプリングされたメロウ・グルーヴ「My Love For You Comes And Goes」などがある。

幅広いセッション参加歴と晩年

ワトソンが参加した代表的なセッションには、上記のほか以下のような作品がある。

  • Quincy Jones:『Body Heat』(1974年)、『I Heard That!!』(1976年)、『Q's Jook Joint』(1995年)
  • Michael Jackson:『Off the Wall』(1979年)、『Bad』(1987年)
  • Gloria Gaynor:「I Will Survive」(1978年)
  • Rose Royce:『Car Wash』(1976年)
  • Donald Byrd:『Thank You... For F.U.M.L. (Funking Up My Life)』(1978年)
  • Bobbi Humphrey:『Satin Doll』(1974年)
  • Boz Scaggs:『Slow Dancer』(1974年)
  • Labelle:『Chameleon』(1976年)
  • The Beach Boys:『L.A. (Light Album)』(1979年)
  • Blondie:『Autoamerican』(1980年)

1990年代〜2000年代以降も第一線で活動を続け、1994年にはエイズ撲滅チャリティ・アルバム『Stolen Moments: Red Hot + Cool』(タイム誌「アルバム・オブ・ザ・イヤー」選出)に参加したほか、Meshell Ndegeocello(『Plantation Lullabies』1993年、『Peace Beyond Passion』1996年)、Maxwell(『Maxwell's Urban Hang Suite』1996年、『Now』2001年)、Brian McKnight、Stevie Wonder(『Conversation Peace』1995年)、Angie Stone(『Black Diamond』2000年)、Janet Jackson(『Damita Jo』2004年)、Alicia Keys(『Unplugged』2005年、『The Element of Freedom』2009年)など、ネオ・ソウルや現代R&Bの重要作にも数多く貢献した。

2018年10月24日、カリフォルニア州サンタモニカのセント・ジョンズ病院にて67歳で死去。妻のItsuko Aono(青野いつ子)は追悼声明で「彼がどこにいようと、きっとグルーヴし続けているはずです("Wherever he is, he's groovin'.")」と言葉を寄せた。

ジャンル・スタイル

Funk / Soul Jazz Jazz-Funk
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