Vinyl Record Reviews
Peter Brownは、1953年7月11日にイリノイ州ブルーアイランドで生まれたアメリカのディスコ・ミュージシャンだ。シンガー、キーボーディスト、ソングライター、レコード・プロデューサーとして活動し、シカゴ近郊のパロス・ハイツで育った。もともとは画家やグラフィック・デザイナーを目指しており、School of the Art Institute of Chicagoで学んでいたという。
若いころから父親の影響でシンセサイザーや録音機材に触れていた。デビューのきっかけになったのは、自宅の寝室で4トラック・レコーダーを使って録音した「Do Ya Wanna Get Funky With Me」のデモだった。このデモではサックス以外の楽器をほぼ自分で演奏していた。そこにプロデューサーのCory Wadeが注目し、Peter BrownはマイアミのT.K.傘下Driveレーベルから1977年にデビューした。
デビュー作は『A Fantasy Love Affair』で、収録曲「Do Ya Wanna Get Funky With Me」はBillboard Hot 100で18位、R&Bチャートで3位を記録した。T.K.側は、この曲の12インチ版が売上100万ドルに達し、史上初めてゴールド認定された12インチ・シングルになったと発表している。
続く「Dance With Me」も1978年にポップ・チャート8位、R&Bチャート5位を記録した。アルバム自体もBillboard 200で11位まで上がり、ゴールド認定を受けている。デビュー作には「For Your Love」「You Can Do It」「Without Love」なども入っていて、当時のディスコ・ソウルの流れを押さえた内容になっている。
1979年の2作目『Stargazer』にはLaura TaylorやDan Hartmanが参加し、「Crank It Up」がBillboardのディスコ・チャートで4位に入った。本人の初期キャリアでは重要な作品だが、デビュー作ほどの勢いはなかったとされている。
その後、T.K.レコードの倒産を経てRCAと契約し、1983年に『Back To The Front』を発表した。この作品はBob Gaudioのエグゼクティブ・プロデュースで制作され、Michael BreckerやMichael Boddickerも参加している。「Baby Gets High」はディスコ・チャートで6位を記録した。1984年の『Snap』では「They Only Come Out At Night」がBillboardのダンス・チャートで1位となり、「Zie Zie Won't Dance」のミュージック・ビデオは1985年のMTVビデオ・ミュージック・アワードにノミネートされた。
Peter Brownの初期作品は、ディスコのリズムにファンク寄りのベースラインとソウルの歌メロが乗る作りだ。シンセサイザーやキーボードを使ったアレンジが目立ち、自分で複数の楽器を演奏して録音する制作スタイルも特徴的だ。デビュー曲の段階から、打ち込みではなく演奏主体のディスコ・サウンドを前面に出していた。
『A Fantasy Love Affair』や『Snap』では、ダンス・フロア向けの曲作りがはっきりしている。「Dance With Me」「They Only Come Out At Night」「Double Or Nothing」「Make You Rock With Me」など、タイトルからも曲の用途が見えやすい。
Peter Brownは、共作相手のRobert Ransと組んでMadonnaの「Material Girl」を書いたことでも知られている。この曲は1984年に発表され、1985年にはMadonnaの代表曲のひとつとして広く知られるようになった。演奏者としての活動だけでなく、ソングライターとしても大きな仕事を残している。
1980年代後半、耳鳴りの症状に悩まされ、音楽業界から離れた。その後はデザイン会社を立ち上げ、シカゴ・オプション取引所のウェブサイトのリデザインも手がけた。音楽の前に学んでいたデザインの分野へ戻った形だ。
ディスコの全盛期にデビューし、演奏、作曲、プロデュースまで自分で手がけた人として、Peter Brownはかなり分かりやすい存在だ。作品を追うと、70年代後半のシカゴ周辺からマイアミ、さらに80年代前半のダンス・サウンドへとつながる流れが見えてくる。