Vinyl Record Reviews
The J.B.'sは、ジェームス・ブラウンのバック・バンドとして知られるグループだ。1970年3月、ブラウンのそれまでのバンドの大半がギャラをめぐる対立で離れたあとに結成された。初期メンバーには、ベースのブーツィー・コリンズ、ギターのキャットフィッシュ・コリンズ、オルガン/ヴォーカルのボビー・バード、ドラムスのジョン・“ジャボ”・スタークスらがいた。
結成直後のThe J.B.'sは、ジェームス・ブラウンの代表的なファンク録音に深く関わっている。「Get Up (I Feel Like Being a) Sex Machine」や「Super Bad」などは、この時期の重要な録音として挙げられることが多い。インスト曲「The Grunt」も残していて、後年のヒップホップ・プロデューサーたちに何度もサンプリングされた。
1970年12月にはトロンボーンのフレッド・ウェズリーがバンド・リーダーとして加わった。ブーツィーとキャットフィッシュのコリンズ兄弟は1971年に離脱し、その後はジョージ・クリントンのパーラメント/ファンカデリックへ移っていく。ウェズリー体制のThe J.B.'sは、Fred Wesley & the J.B.'s や Maceo & the Macks など複数の名義でも録音を行った。多くはジェームス・ブラウンのレーベル、People Recordsから出ている。
1970年代前半には「Pass the Peas」「Gimme Some More」がチャート入りし、1973年の「Doing It to Death」はR&Bチャート1位を記録し、ゴールド認定も受けている。アルバムでは『Food for Thought』(1972年)、『Doing It to Death』(1973年)、『Damn Right I Am Somebody』『Breakin' Bread』(1974年)、『Hustle with Speed』(1975年)などがある。
1975年にはウェズリーとメイシオ・パーカーも離れ、P-Funkの活動へ加わっていく。ディスコの広がりとともに勢いは弱まったが、バンドは1980年代初頭まで続いた。その後、ジェームス・ブラウンによってSoul Generalsへ改名された。
プロフィール情報を見ると、The J.B.'sは時期によって編成がかなり変わっている。中心になっていたのは、ボビー・バード、フレッド・ウェズリー、メイシオ・パーカー、フレッド・トーマス、ジョン・“ジャボ”・スタークスらだ。ギターはヘロン・マーティンやジミー・ノーレンが主に担当していた。
ほかにも、ブーツィー・コリンズ、キャットフィッシュ・コリンズ、クライド・スタブルフィールド、フランク・ワディ、スウィート・チャールズ・シャレル、ジョン・ジョン・スタークス、ロバート・コールマンなど、多くのプレイヤーがクレジットされている。
The J.B.'sの音は、ジェームス・ブラウンのファンクを支えるリズム隊とホーン・セクションの組み合わせにある。ベース、ドラム、ギターの反復するパターンの上に、ホーンが短いフレーズを重ねる作りが多い。歌ものでも、演奏の細かい切り返しやブレイクが前に出る。
とくに初期の録音では、ブーツィー・コリンズのベースとジャボ・スタークスのドラムが土台になっている。そこにボビー・バードのオルガンやヴォーカル、ウェズリーやメイシオのホーンが乗る形だ。楽曲の展開よりも、リズムの組み立てや各パートの噛み合いが目立つ構成が多い。
The J.B.'sの音源は、後のヒップホップで重要なサンプリング・ソースになった。「The Grunt」をはじめ、彼らの録音は多数のプロデューサーに使われている。ファンクの演奏がそのままサンプリング素材として機能した例として、よく参照されるバンドだ。
また、ブーツィー・コリンズやメイシオ・パーカー、フレッド・ウェズリーといったメンバーは、その後も別のプロジェクトで活動を続けている。The J.B.'sの名前自体は、ジェームス・ブラウンのバンドという枠を超えて、ファンクの演奏スタイルやサンプリング文化と結びついて語られることが多い。
ジェームス・ブラウンのバンドとして始まり、時期ごとにメンバーを入れ替えながら録音を重ねたのがThe J.B.'sだ。演奏の中心にあるのは、ファンクの基本をそのまま押し出すようなリズムとホーンの組み立てで、そこから後の世代が何度も素材を取り出していった。