Claudja Barry

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Claudja Barry

Claudja Barryとは

Claudja Barry(クラウジャ・バリー)は、1952年ジャマイカ生まれのシンガー・ソングライターだ。幼少期にカナダ・トロント近郊のスカボローへ移り、高校卒業後はロンドンでミュージカルに出演した。その後、1975年に西ドイツへ渡り、そこからディスコ・シーンでの活動を本格化させている。

活動の始まりと転機

西ドイツ移住後は、Hot Foot Recordsから「Reggae Bump」を発表した。続いてプロデューサーのフランク・ファリアンに誘われ、ボニーMに参加したが、口パクでの活動に馴染めず、1976年初頭に脱退している。後任はリズ・ミッチェルだった。

その後は、のちに夫となるプロデューサーのユルゲン・コルドゥレッチュと組み、Lollipopから「Nobody Loves Me Like You Do」をリリースした。このあたりから、歌唱だけでなく制作面でもコルドゥレッチュとの関係が続いていく。

ディスコ期の代表作

1976年11月に出たデビュー・アルバム『Sweet Dynamite』は、ドイツでは大きく注目されなかったが、米国で輸入盤がSalsoul Recordsの目に留まり、1977年5月にリミックス版が発売された。ここでBillboardのディスコ・チャートでトップ10入りを果たしている。

代表曲としては、以下のような曲が挙げられる。

  • 「Sweet Dynamite」(1976)
  • 「Johnny, Johnny Please Come Home」(1978)
  • 「(Boogie Woogie) Dancin' Shoes」(1979)
  • 「Work Me Over」(1982)
  • 「Down And Counting」(1986)
  • 「Can't You Feel My Heart Beat」(1987)
  • 「Secret Affair」(1987)

なかでも「(Boogie Woogie) Dancin' Shoes」は、カナダとBillboardのディスコ・チャートで7位まで上がり、スウェーデンやベルギーでもトップ20入りしている。1979年には、カナダのJuno賞でMost Promising Female Vocalist of the Yearを受賞した。

音楽性の変化

Claudja Barryの音楽は、Funk / Soulを土台にしたディスコが中心だが、1980年代に入るとニュー・ウェイヴやHi-NRG、さらにテクノ/ユーロダンスへと広がっていく。レーベルもSalsoul、Chrysalis、1986年以降はEpic Recordsなどへ移りながら活動を続けた。

1986年の「Down and Counting」はダンス・チャートで1週間1位を記録していて、80年代以降の路線でも結果を残している。1982年の「Work Me Over」、1987年の「Can't You Feel My Heart Beat」「Secret Affair」も、ダンス・ナンバーとして知られている。

活動歴の中で見えるポイント

Claudja Barryは、ジャマイカ生まれ、カナダ育ち、ロンドンで舞台経験を積み、西ドイツでディスコ歌手として本格的に動き出した人物だ。国や都市をまたいだ経歴が、そのまま活動の広がりにつながっている。

また、ボニーMでの経験や、ユルゲン・コルドゥレッチュとの長い制作関係も重要だ。ディスコだけで終わらず、80年代のダンス・ミュージックにも接続しながらキャリアを続けた点が、このアーティストの特徴として整理できる。

参考サイト

ジャンル・スタイル

Funk / Soul Disco
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