Vinyl Record Reviews
Esther Phillips(エスター・フィリップス)は、1935年12月23日にテキサス州ガルヴェストンで生まれ、1984年8月7日にカリフォルニア州カーソンで亡くなった、アメリカのソウル/R&Bシンガーだ。ジャズ、ブルース、ファンク/ソウルの領域をまたぎながら活動し、特にソウルとリズム&ブルースの歌い手として知られている。
キャリアの出発点は1949年、ジョニー・オーティスが経営していたバレルハウス・クラブのアマチュア・タレント・コンテストでの優勝だ。この時期は「Little Esther」の名で活動していて、カリフォルニア・リズム・アンド・ブルース・カーニバルの一員でもあった。
1950年にSavoy Recordsへ録音した「Double Crossing Blues」がR&Bチャート1位となり、早い段階でヒットを手にしている。10代でR&Bの中心に出てきた歌手として、当時から存在感を示していた。
1950年代半ばには薬物依存の影響で活動が停滞した。しばらくの空白を経て、1962年にEsther Phillips名義で復帰する。ここで出した「Release Me」はLenox Recordsからの作品で、R&Bチャート1位、Billboard Hot 100で8位を記録した。
この復帰作で、単なる再出発ではなく、別の段階に入ったことがはっきりする。リトル・エスター時代のR&Bシンガーから、より幅のある表現を持つ歌い手へと移っていった。
1960年代にはAtlanticと契約し、ビートルズの「And I Love Him」を1965年にカヴァーしている。この曲はR&Bトップ20にあと一歩まで迫った。ポール・マッカートニーが後年、この曲のエスター・フィリップス版に強く反応したと語っていることも知られている。
彼女のカヴァーは、原曲をなぞるだけではなく、自分の声の置き方で曲の輪郭を変えるところに特徴がある。ポップスやロックの楽曲も、ソウルやR&Bの文脈に引き寄せて歌っていた。
1970年代にはCTI傘下のKuduで活動し、ここで円熟期を迎えた。1972年のアルバム『From a Whisper to a Scream』に収められたギル・スコット=ヘロン作「Home Is Where the Hatred Is」でグラミー賞にノミネートされている。
この時期の作品では、ソウルだけでなくジャズ寄りのアレンジや、言葉をしっかり置いていく歌い方が目立つ。1975年には「What a Diff'rence a Day Makes」をディスコ調で歌い、Hot 100で20位、全英シングル・チャートで6位を記録した。同名アルバムはキャリア最大のセールスを残した。
Esther Phillipsの音楽は、R&Bの初期ヒット、ソウルの復帰作、ジャズやブルースを含む70年代の録音まで、かなり幅がある。その中でも、曲の内容をはっきり伝える歌い方が軸になっている。派手な技巧だけで押すタイプではなく、フレーズの置き方や語り口で歌を進める場面が多い。
また、ブルースやジャズの曲でも、ソウル歌手としての感覚を保ったまま歌っているのが特徴だ。ジャンルの境目をまたぎながらも、声の芯は変わらない。
長年の薬物使用による肝臓と腎臓の障害で、1984年に48歳で亡くなった。1986年と1987年にはロックの殿堂の候補になったが、殿堂入りはしていない。2023年にはブルースの殿堂入りを果たしている。
R&Bの初期ヒットから、ソウル、ジャズ、ブルースまでを行き来した歌手として、Esther Phillipsはアメリカ黒人音楽の複数の流れに名前を残している。特に「Double Crossing Blues」「Release Me」「Home Is Where the Hatred Is」「What a Diff'rence a Day Makes」は、活動の節目を追ううえで押さえておきたい曲だ。