Laura Nyro

Vinyl Record Reviews

Laura Nyro

Laura Nyroとは

Laura Nyro(ローラ・ニーロ、本名:Laura Nigro、1947年10月18日〜1997年4月8日)は、アメリカ・ニューヨーク州ブロンクス出身のシンガー・ソングライター、ピアニストだ。ソウル、ジャズ、ドゥーワップ、ゴスペル、フォーク、ブロードウェイ・ミュージカルを唯一無二の感性で融合させ、20世紀アメリカの音楽史に孤高の金字塔を打ち立てた。2010年にソングライターの殿堂、2012年にロックの殿堂入りを果たしている。

早熟の天才と楽曲提供による大ヒット

ブロンクスで育ったローラ・ニーロは、ストリートで親しんだドゥーワップやゴスペルの洗礼を受け、10代からピアノ弾き語りによる独創的な作詞作曲を開始した。1967年、わずか19歳で発表したデビュー・アルバム『More Than a New Discovery』で音楽業界に鮮烈な衝撃を与えた。

彼女の生み出す楽曲は極めてキャッチーでありながら、革新的なコード進行と深い情感を宿していた。フィフス・ディメンション(The 5th Dimension)が歌った「Wedding Bell Blues」(全米1位)や「Stoned Soul Picnic」「Sweet Blindness」、ブラッド・スウェット&ティアーズの「And When I Die」(全米2位)、スリー・ドッグ・ナイトの「Eli's Comin'」(全米10位)、バーブラ・ストライサンドの「Stoney End」(全米6位)など、提供曲が次々と全米チャートの上位を席巻し、希代のソングライターとしての名声を不動のものとした。

ソロ・アルバムにおける芸術的極致

自身のソロ・アーティスト活動においては、商業的な枠組みを超えた深遠な音楽的探求を繰り広げた。名匠チャーリー・カレロとの共同プロデュースによる『Eli and the Thirteenth Confession(イーライと13番目の懺悔)』(1968年)は、ブルー・アイド・ソウルと室内楽的ポップスが完璧な調和を見せる大名盤である。

続く『New York Tendaberry』(1969年)では、変幻自在のテンポ・チェンジと不協和音を恐れないピアノ弾き語りにより、ニューヨークの光と影、そして人間の魂の深淵を描き切った。さらに『Christmas and the Beads of Sweat』(1970年)、女性コーラス・グループのラベル(Labelle)を従えフィリー・ソウルの巨匠ギャンブル&ハフがプロデュースしたR&Bカバー集『Gonna Take a Miracle』(1971年)など、名盤を次々と世に送り出した。

後世への決定的な影響

情熱的でありながら繊細を極めたローラ・ニーロの作風は、エルトン・ジョン、ジョニ・ミッチェル、キャロル・キング、トッド・ラングレン、リッキー・リー・ジョーンズ、ケイト・ブッシュらに絶大な影響を与えた。また日本においても、山下達郎、吉田美奈子、大貫妙子といったシティ・ポップ/シンガー・ソングライターの重鎮たちに決定的なインスピレーションをもたらした。

ジャンルの境界を軽やかに踏み越え、ピアノ一台と魂の歌声で自らの内面宇宙を描き切ったLaura Nyroの音楽は、時代や流行の変遷に決して左右されることのない永遠のマスターピースとして輝き続けている。

ジャンル・スタイル

Funk / Soul Pop Rock Doo Wop Vocal
Share

こちらもおすすめ

toast