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Piero Umilianiは、1926年7月17日にフィレンツェで生まれ、2001年2月14日にローマで亡くなったイタリアの作曲家、マルチ奏者、指揮者である。映画音楽とライブラリー・ミュージックを中心に活動し、ジャズ、ファンク/ソウル、ステージ&スクリーンの領域で知られている。
ウミリアーニは1952年にフィレンツェ音楽院で対位法とフーガのディプロマを取得している。少年時代には、ファシズム政権下で制限されていたDuke Ellingtonの音楽をスイスのラジオで聴き、ジャズに強く傾倒した。1942年には地元紙にジャズを擁護する投書を行い、これがきっかけで作曲家Pippo BarzizzaにローマのRAIスタジオへ招かれたという経歴がある。
戦後は「Quintetto Stella」を結成し、アメリカ兵向けのクラブなどで演奏した。ここでの活動が、その後のジャズ寄りの作風につながっていく。
映画音楽の世界に本格的に入ったのは、Mario Monicelli監督の『I soliti ignoti』(1958年)がきっかけである。15日ほどで書き上げたスコアにジャズを全面的に取り入れ、注目を集めた。続編『Audace colpo dei soliti ignoti』(1959年)ではトランペッターのChet Bakerとも共演している。
その後は、マカロニ・ウェスタン、スパイ映画、ジャッロ、モンド映画などのジャンル映画を中心に150本を超える作品の音楽を手がけた。Lucio FulciやLuigi Scattiniの作品にも関わっている。代表作としては『Baba Yaga』『Five Dolls for an August Moon』などが挙げられる。
最も広く知られている曲は、Scattini監督のモンド映画『Svezia, inferno e paradiso』(1968年)のために書いた「Mah Nà Mah Nà」である。もともとは「Viva la sauna svedese」というタイトルで、Alessandro AlessandroniとGiulia De Mutiisが歌った。
この曲はテレビ番組やThe Muppet Showでの演奏を通じて世界的に知られるようになった。米Billboardチャートでは最高55位、1977年には全英シングル・チャートで8位を記録している。Piero Umilianiの名前を一般のリスナーに広げた曲として、まずこの1曲が挙がる。
1968年末にはローマに自前の録音スタジオ「Sound Work Shop」を構え、BBC Radiophonic Workshopを手本にしながらスタジオ実験を進めた。Omicron、Liutoなどのレーベルを運営し、ライブラリー・ミュージックを数多く制作している。
また、Rovi、Catamo、M. Zalla、Moggi、Tuscoなど複数の変名も使い分けた。1973年には「L'ingegner Giovanni e famiglia」名義で、Joe Meekの「Telstar」をモーグ・シンセサイザーで録音しており、電子音楽への関心も見える。Alessandroniとはロック・バンドBraen's Machineでも活動していた。
ウミリアーニの仕事は、1960〜70年代ヨーロッパ映画音楽の中でも、ジャズの要素が強いサウンドを形づくった点で重要である。映画の場面に合わせた編成やリズムの組み立て、ジャズ・コンボ的な演奏、軽快さのあるメロディがよく使われている。Soundtrack、Jazz-Funk、Easy Listeningのタグで語られるのも、その活動内容と重なる。
一方で、ライブラリー・ミュージックや電子音楽、変名での制作も多く、作品ごとに音の作りを変えていた。ジャンル映画の需要に応じて、ジャズ、ファンク、シンセサイザー、オーケストラを使い分けていた点が特徴として見えてくる。
ウミリアーニの音楽は、後年になっても映画で使われている。たとえば2004年の『オーシャンズ12』では「Crepuscolo sul mare」が使用された。こうした再利用もあって、彼の作品は60〜70年代のイタリア映画音楽をたどる入口としても参照され続けている。
映画音楽、ライブラリー・ミュージック、ジャズ・ファンクの交差点に立つ作曲家として、Piero Umilianiは今も聴き直しがいのある存在である。