Vinyl Record Reviews
Tim Maia(チン・マイア、本名 Sebastião Rodrigues Maia)は、1942年9月28日にブラジル・リオデジャネイロのチジュカ地区で生まれた歌手、ギタリストだ。1998年3月15日にニテロイで亡くなっている。ブラジルでは「ブラジリアン・ソウルの父」として知られている。
10代のころにギターを学び、ロベルト・カルロスやエラズモ・カルロスにギターを教えた。彼らとは初期のロックンロールに熱中していた仲間でもあった。
1959年から1964年まではアメリカで暮らし、ボーカル・グループのThe Idealsに参加した。ここでソウルやR&Bの感覚を身につけたが、マリファナ所持で逮捕され、ブラジルへ強制送還されたという経歴を持つ。
Tim Maiaは、アメリカのブラック・ミュージックをブラジルのポップスに持ち込み、ブラジルの音楽シーンを大きく変えた人物として扱われている。ファンク、サンバ、バイアォンをつなげ、ソウルをボサノヴァに近づけるような動きも見せた。
ジョルジ・ベンと並んで、サンバ・ホッキやサンバ・ファンクの先駆者として語られることが多い。TropicalismoでもMPBでもロックンロールでもない、ブラジル独自のソウル/ファンクの形を押し広げた存在として見られている。
1970年のデビュー・アルバムからは「Azul da Cor do Mar」や「Primavera」といった曲が生まれた。以後も、ファンク、ソウル、ディスコ、MPBの要素を行き来する作品を残している。
1974年には、ブラジル初のインディペンデント・レーベルとされるSeromaを設立した。レーベル名は、自身のイニシャルである Sebastião Rodrigues Maia に由来する。
1970年代半ばには、『Universo em Desencanto』をきっかけに新興思想「Rational Culture」に傾倒し、その教えをテーマにしたアルバムを録音した。1975年にその運動から離れているが、この時期の「Racional」作品は後年に再評価され、現在では重要な作品として扱われている。
Tim Maiaの楽曲は、後に多くのアーティストによって録音されている。ブラジル音楽賞は13回受賞している。
1998年に亡くなった後も評価は続き、2012年にはミュージカル『Vale Tudo』、2014年には伝記映画が制作された。息子のCarmelo Maia、養子のLéo Maia、甥のEd Mottaも音楽活動をしている。
Tim Maiaは、ブラジルのポップスを外からの影響で更新した人物として見るとわかりやすい。ソウル、ファンク、サンバ、MPBのあいだをつなぐ役割を担い、その後のブラジル音楽に長く残る土台を作った。