Vinyl Record Reviews
Timmy Thomas(ティミー・トーマス、本名Timothy Earle Thomas)は、1944年11月13日にインディアナ州エヴァンズヴィルで生まれたアメリカのR&B/ソウル・シンガー、キーボード奏者、ソングライター、プロデューサーだ。2022年3月11日にマイアミで亡くなっている。
トーマスは12人きょうだいの一人として育ち、若い時期にはジャズ・ミュージシャンのドナルド・バードやキャノンボール・アダレイの伴奏者として活動した。その後、メンフィスでセッション・ワークに携わったとされている。
1972年にマイアミへ移り、TK Records傘下のGladesと契約。同年に発表した「Why Can’t We Live Together」が大きなヒットになった。この曲は、ウォルター・クロンカイトが伝えるベトナム戦争の死傷者のニュースを聞いて生まれたものとされている。
この曲では、トーマスが作詞作曲、プロデュース、演奏まで一人で担っている。編成はかなりシンプルで、ローリーのオルガンに足鍵盤で弾いたベース音、そしてボサノヴァ設定にしたリズム・マシンが中心だ。デモ・テープを地元マイアミのラジオ局WEBFに持ち込んだところ、放送後すぐに反応が集まったという。
シングルはBillboardのR&Bチャートで1位、Hot 100で3位、全英チャートで12位を記録し、200万枚以上を売り上げた。
1970年代から1980年代にかけては、シングルやアルバムを継続して発表しながら、TK Records所属アーティストのプロデュースも手がけた。1990年代にはLaFace Recordsでも録音している。
「Why Can’t We Live Together」は、その後の世代にも使われ続けた。1984年にはシャーデーがデビュー作『Diamond Life』でカバーしている。さらに2015年にはドレイクの「Hotline Bling」でサンプリングされ、曲の存在が広く再認識された。
Whosampledでは、この曲が後年のサンプリングや引用の対象として扱われていることが確認できる。ソウル・ミュージックの文脈では、少ない要素で曲を成立させた例として参照されることが多い。
トーマスの活動をたどると、演奏者、作曲家、プロデューサーとして一つの曲を自分で組み立てる手つきが目立つ。特に「Why Can’t We Live Together」では、楽器の数を絞った構成と、歌と演奏の両方を前に出した作りが印象に残る。
ソウル、ファンク、ポップの流れの中で聴かれることが多いが、本人の作品ではR&B色が強い。派手なアレンジよりも、オルガンの音やリズムの置き方で曲を進めるタイプのアーティストとして見ておくと分かりやすい。