Timmy Thomas - Why Can't We Live Together (1972)
Timmy Thomas『Why Can't We Live Together』(1972)
Timmy Thomasは、インディアナ州エヴァンズヴィル生まれのR&B/ソウル・シンガー、キーボード奏者、ソングライター、プロデューサー。1972年に米マイアミのGladesから出たこのアルバムは、彼の代表作であり、同時に唯一の大きなヒットを生んだ作品として知られている。タイトル曲「Why Can't We Live Together」が強く記憶される一枚だが、アルバム全体を通しても、当時のソウルの中でかなり異色の作りになっている。
シンプルな編成が生んだ独特の存在感
この曲の核は、Lowreyオルガンと初期のリズム・マシン。ドラムもベースも前面には出ず、Timmy Thomas自身の演奏と歌でほぼ成立している。Bobby Dukoff Recording Studiosでモノラル録音されたこのサウンドは、音数を削ったぶん、歌とオルガンの動きがそのまま耳に入る構造。1970年代前半のソウルとしてはかなり割り切った作りで、同時代のフルバンド編成の作品と並べると、かなりはっきり違いが見える。
タイトル曲は、マイアミでラジオから流れるベトナム戦争の戦死者報道を耳にして書かれた反戦歌。人種や立場を越えて「なぜ一緒に生きられないのか」と問いかける内容で、メッセージは直接的だ。1972年の空気をそのまま閉じ込めたような背景を持つ。
ヒット曲としての「Why Can't We Live Together」
この曲は1972年末にシングルとして出され、翌1973年初頭にBillboard Hot 100で3位、R&Bチャートで1位を記録した。英国では12位、カナダでは6位まで上昇し、売上は200万枚を超えたとされる。Timmy Thomasにとって、これが唯一の大きなヒットになっている。
耳に残るのは、歌の合間に置かれるオルガンの反復と、機械的なリズムの揺れ。派手な展開はないが、同じフレーズを繰り返すことで曲の主張が前に出る。ソウルの中でも、メロディの華やかさより、言葉の重みと音の間合いで押すタイプの一曲だ。
収録曲とアルバムの輪郭
アルバムにはタイトル曲のほか、「Rainbow Power」「Take Care Of Home」などのオリジナル曲を収録。「The First Time Ever I Saw Your Face」のカヴァーも入っている。クレジットを見ると、A1からA3、B1からB5までがSherlyn Pub.、A4がStormking、A5がJulio - Brian Music Inc.となっており、楽曲ごとの出版元が細かく分かれている。
この盤は米国Glades盤で、ジャケット表記とレーベル表記でカタログ番号が異なる。GladesはHenry Stoneが1959年にマイアミで立ち上げたレーベルで、ソウルやディスコの文脈と深く結びついた存在。その中で本作は、マイアミ産ソウルの一つの顔として置かれている。
その後の影響
「Why Can't We Live Together」は、その後もよく取り上げられてきた。1984年にはSadeがカヴァーし、1985年のLive Aidでも演奏している。さらに2015年にはDrakeの「Hotline Bling」がこの曲を大胆にサンプリングし、再び広い層に知られるきっかけになった。原曲のシンプルな骨格が、時代をまたいで別の形に置き換わりやすかったことが分かる。
Timmy Thomasのディスコグラフィの中で、この作品は中心点のような位置にある。派手な技巧よりも、少ない音でメッセージを通す作り。1972年のソウルの中でも、反戦、反差別、そしてミニマルな編成という要素が重なった、かなりはっきりした個性を持つアルバムだ。
トラックリスト
- A1 Why Can't We Live Together 4:40
- A2 Rainbow Power 3:02
- A3 Take Care Of Home 2:37
- A4 The First Time Ever I Saw Your Face 3:18
- A5 The Coldest Days Of My Life 4:07
- B1 In The Beginning 3:03
- B2 Cold Cold People 4:06
- B3 Opportunity 3:11
- B4 Dizzy Dizzy World 3:36
- B5 Funky Me 3:02