Vinyl Record Reviews
William Onyeabor(ウィリアム・オニャボー)は、1946年3月29日生まれ、2017年1月16日に亡くなったナイジェリアのファンク・シンガー/ソングライターだ。1970年代のナイジェリアで活動し、電子音を取り入れたファンクやディスコを制作した人物として知られている。
オニャボーは貧しい家庭に生まれ、若い時期をソ連(ロシア)で映画製作の勉強に費やした。その後、1970年代半ばにナイジェリアへ戻り、自身の音楽・映画制作会社Wilfilmsを立ち上げ、エヌグにレコーディング・スタジオを構えた。
1977年から1985年にかけて、自主制作・自主流通で8枚のアルバムを残している。代表作のひとつが1978年の『Atomic Bomb』で、この作品がもっとも広く知られている。
オニャボーの楽曲では、シンセサイザーの使用が目立つ。ナイジェリアの当時のポピュラー音楽の中では珍しい電子音を前面に出し、ファンクやディスコの要素と組み合わせている。
歌は、自分で弾き語るような感覚のある歌い方で進む曲が多い。演奏面では、リズムの反復とシンセのフレーズが軸になっていて、曲の構造は比較的わかりやすい。
歌詞には戦争への批判が繰り返し見られ、とくに「Atomic Bomb」はその内容がはっきり出ている曲として扱われている。
成功を収めたあと、オニャボーは早い段階で公の場から姿を消した。エヌグ郊外の自宅にこもる存在として語られるようになり、音楽活動について自分から語ることも避け続けた。
その後は実業家としても活動し、製粉業などで成功したとされる。1987年には西アフリカの優良企業家賞を受賞し、再びクリスチャンになったことや、村で「チーフ」の称号を得たことも伝えられている。
長く忘れられた存在だったが、デヴィッド・バーン主宰のレーベルLuaka Bopが楽曲使用権の交渉を進め、2013年にコンピレーション『Who Is William Onyeabor?』を発表したことで、国際的な再評価が進んだ。
2014年以降は「Atomic Bomb! Band」というトリビュート・バンドも結成され、デヴィッド・バーン、デーモン・アルバーン、シンケイン、Hot Chipのアレクシス・テイラーらが参加して、オニャボーの楽曲を演奏するツアーやテレビ出演が行われた。
2017年1月、オニャボーは70歳で死去した。ナイジェリアのローカルなヒットメーカーとして始まり、のちに世界的な再評価を受けたアーティストとして名前が残っている。
William Onyeaborの音楽は、当時のナイジェリアで作られたファンク/ディスコの一つのかたちとして聴けるし、同時に電子音楽の使い方でも印象が残る。代表曲「Atomic Bomb」から入ると、彼のスタイルがつかみやすい。