Hiroshi Yoshimura - Soundscape 1: Surround (1986)
Hiroshi Yoshimura『Soundscape 1: Surround』レビュー
Hiroshi Yoshimuraの『Soundscape 1: Surround』は、1986年に日本のミサワホームから発表された環境音楽作品だ。タイトルからもわかる通り、これは単独のアルバムというより、住空間のために設計された「Soundscape」シリーズの第1弾として制作された一枚である。吉村弘は、日本の環境音楽を代表する作曲家のひとりで、機能性と音楽性のあいだを丁寧に行き来する作品群で知られている。本作もその流れの中にあり、日常の空気の中に自然に溶け込むことを前提にした音作りが通底している。
このアルバムの背景には、ミサワホーム総合研究所が提唱した「サウンドインテリア」という考え方がある。住宅の中で音をどう扱うか、という発想から生まれた委嘱作品で、プレハブ住宅の空間に向けて書き下ろされた。音楽を前面に押し出すのではなく、部屋の響きや生活音と同じ地平に置く設計がはっきりしている。吉村自身も、足音やエアコンのうなり、カップの中のスプーンの音と同じ種類の音の家族としてこの作品を捉えていたという。ここには、BGMという言葉だけでは収まりきらない、空間そのものを整えるための視点がある。
音の作り方と作品の輪郭
『Soundscape 1: Surround』は、ヤマハDX7、TX7、FB01、ローランドMSQ700といった当時の機材、コンピューター、ギターを用いたマルチトラック録音で構成されている。全6曲、約40分の収録で、曲ごとの主張を強く競わせるタイプではない。細かな音の重なりがゆっくりと展開し、輪郭のはっきりしたメロディよりも、音の配置や残響の扱いが印象に残る。聴感としては、音が前に出るというより、部屋の中で少し離れた位置に留まる感じが近い。
実際に聴くと、音数は多すぎず少なすぎず、ひとつひとつの音が時間をかけて置かれていく。シンセサイザーの音色は当時の機材らしい直線的な質感を持ちながら、冷たさだけに傾かず、空間の温度を保っている。ギターも前景化する場面は少なく、音の層を支える役割が中心だ。アルバム全体として、強い起伏や劇的な展開は避けられており、一定の速度で呼吸するように進む構成になっている。
『GREEN』との並びで見える位置づけ
吉村弘の1986年は、『Soundscape 1: Surround』と『GREEN』が並ぶ年でもある。両作はしばしば対照的な関係で語られ、『GREEN』がより広く知られる一方で、『Surround』は住空間への適応をより明確に意識した作品として見られている。『GREEN』が自然や光の印象を強く持つのに対し、『Surround』は室内の気配、家具や壁、空調といった人工的な環境まで含めて音に変えていくところがある。
吉村弘のキャリア全体で見ると、本作は環境音楽の思想がかなり純度高く表れた一枚だ。彼は1970年代から活動を始め、ソロ作品だけでなく、展覧会、企業、公共施設のためのサウンドデザインにも関わってきた。そうした実務的な仕事の延長にありながら、単なる用途音楽に留まらず、聴く者の注意を少しずつ変えていく力を持っているのがこの作品の面白さだ。
同時代の文脈と再評価
1980年代の日本では、環境音楽やアンビエントの考え方が少しずつ輪郭を持ちはじめていた。吉村弘の仕事は、その中でも特に「空間との関係」を明確にしたものとして参照されることが多い。海外のアンビエント文脈で語られるブライアン・イーノのような制作姿勢とも通じる部分はあるが、吉村の作品は住宅、展示空間、公共空間といった具体的な場所に結びついている点が特徴的だ。音を作品単体で完結させるより、置かれる環境ごと設計する発想がはっきりしている。
近年は再発を通じてこの作品への注目も高まっている。オリジナル盤は1986年の日本盤で、現在流通している再発盤は、当時の制作背景をあらためて見直すきっかけになっている。音楽としての聴きやすさだけでなく、住宅メーカーの委嘱という出自、そして「サウンドインテリア」という考え方まで含めて読むと、このアルバムの輪郭がよりくっきりしてくる。
まとめ
『Soundscape 1: Surround』は、吉村弘が環境音楽という領域で何を目指していたかを、かなり明確に示す作品だ。生活音と同じ地平に音楽を置き、部屋の中で無理なく機能することを前提にしながら、単なる背景音には終わらない設計になっている。1986年という時代の機材と発想を使いながら、住空間のあり方にまで踏み込んだ一枚として、日本のアンビエント史の中で重要な位置を占めている。
トラックリスト
- A1 Time After Time 10:56
- A2 Surround 3:33
- A3 Something Blue 5:36
- B1 Time Forest 10:36
- B2 Water Planet 2:12
- B3 Green Shower 6:06