Marissa Nadler - Ballads Of Living And Dying (2004)
Marissa Nadler『Ballads Of Living And Dying』解説
Marissa Nadlerの『Ballads Of Living And Dying』は、2004年にオリジナルが出た初期代表作で、2009年にMexican Summerから再発された1枚である。アメリカ、ボストン周辺のDIYなフォーク・シーンとも響き合う作品で、Marissa Nadlerがシンガーソングライターとして広く知られていく前夜の空気がそのまま封じ込められている。ギターを中心にした編成、静かな歌い回し、死や喪失、夢の感触を含む詞世界が、短い時間の中でまとまっている。
Marissa Nadlerは1981年生まれ、ワシントンD.C.出身のアメリカ人シンガーソングライター兼画家。この作品が出た当時は、ボストンで美術を教えていた時期から、ツアーを行うアーティストへ移っていく節目にあたっていた。本人が後年ふり返っている通り、当時は非常に小さなレーベルからのリリースだったが、口コミで注目を集めた。大きな宣伝で押し出された作品ではなく、曲そのものが先に届いたタイプのアルバムである。
作品の輪郭
全体を通して中心にあるのは、声とフィンガーピッキングのギターだ。そこへバンジョー、ベル、ペニーホイッスルのような音色が控えめに寄り添い、アコースティックな質感を保ちながらも、単なる弾き語りで終わらない。AllMusicが初期2作について述べているように、メゾソプラノの歌声が前に出て、周囲の楽器は余白を埋めすぎない。この距離感が、曲ごとの輪郭をくっきりさせている。
Pitchforkは本作に8.0点を付け、デビュー作として高く評価した。レビューでは、Poeの「Annabelle Lee」やヴァージニア・ウルフを題材にした「Virginia」など、文学的な参照を含む曲が挙げられ、死や喪失を扱う歌詞の重さと、古いバラッドを思わせる構成が指摘されている。実際に聴くと、派手な展開を作るよりも、同じ温度のまま言葉を置いていく作りが目立つ。声の揺れ方、ギターの弦の鳴り、曲間の静けさまで含めて、ひとつのまとまりになっている。
収録曲と代表的な楽曲
この時期のMarissa Nadlerでよく語られる曲に「Fifty Five Falls」がある。本人の回想では、多くのリスナーが最初に耳にした曲になったという。曲の入り口は静かだが、メロディと歌詞の運びに独特の引力があり、初期作の印象を形づくる1曲として機能している。アルバム全体でも、こうした曲が中心となって、個々の楽曲が独立しながらも、まとまった物語のように並んでいる。
また、この作品は後年のMarissa Nadler像を考える上でも重要だ。のちの作品でより音の層が厚くなっていっても、ここで見える「少ない音数で場面を作ること」「声を中心に据えること」「歌詞に文学的な陰影を持ち込むこと」は、すでに明確である。初期作でありながら、後の活動の基礎がかなりはっきり出ている。
2009年再発盤について
2009年のMexican Summer盤は、オリジナルの2004年版Eclipse Records盤をもとにした再発で、限定1000枚、手書きナンバリング付き。さらに、この盤だけのボーナストラックB6が追加されている。録音はBlack Hole Studiosで2003年から2004年にかけて行われ、マスタリングも同スタジオで2004年に施されている。オリジナル盤と比べると、再発盤は入手経路と体裁を整えたものとして位置づけられ、収録内容にも1曲追加がある点が特徴だ。
Mexican Summerはブルックリン拠点のインディペンデント・レーベルで、ジャンルや形式に縛られない音楽を扱ってきた。この再発が同レーベルから出たことで、本作は単なる初期作品の掘り起こしではなく、Marissa Nadlerの初期カタログを現在の文脈で見直す機会にもなっている。
同時代の空気の中で
2000年代前半のアメリカン・フォークやインディー・フォークには、静かな編成の中に強い個性を置く表現が増えていたが、『Ballads Of Living And Dying』はその中でもかなり端正な部類に入る。古いバラッド、室内楽的な静けさ、文学的な題材が、過剰に装飾されずに並ぶ。Sandy DennyやJudee Sill、あるいはWovenhandやEspersのような、声と物語性を重視する流れを思い出す聴き方もできるが、この作品の核はあくまでMarissa Nadler自身の歌と語り口にある。
チャート成績については、今回確認できる範囲では目立った記録は見当たらない。ただ、そうした数字よりも先に、作品の評判が口コミで広がったこと、そして後年の彼女の活動につながる基礎がここで固まっていることのほうが、このアルバムを読むうえでは重要だ。静かな音で始まり、静かなまま印象を残す作品である。
まとめ
『Ballads Of Living And Dying』は、Marissa Nadlerの初期像をそのまま捉えたアルバムだ。ギター主体の編成、死や喪失に触れる詞、文学的な参照、そして小さなレーベル発の作品が口コミで広がっていく経緯まで、2000年代前半のインディー・フォークの空気が詰まっている。2009年再発盤ではボーナストラックも加わり、オリジナル盤を知る人にも、後追いで触れる人にも、初期の到達点として見やすい形になっている。
トラックリスト
- A1 Fifty Five Falls 5:01
- A2 Hay Tantos Muertos 2:51
- A3 Stallions 3:11
- A4 Undertaker 2:17
- A5 Box Of Cedar 4:40
- B1 Bird Song 3:08
- B2 Mayflower May 3:21
- B3 Days Of Rum 4:20
- B4 Virginia 2:39
- B5 Annabelle Lee 5:15
- B6 Door Slam 2:29