Andy Bey - Experience And Judgment (1974)
Andy Bey『Experience And Judgment』(1974)
アンディ・ベイが1974年にAtlanticから発表した『Experience And Judgment』は、ジャズ・ボーカルの枠に収まりきらない一枚だ。深いバリトン・ヴォイスを軸にしながら、ソウル、ジャズ・ファンク、モーダルな感覚が同じ盤面で並び、歌ものアルバムというより、ひとつの小さな組曲のように進んでいく。ニューアーク出身のベイは、姉妹のサロメ・ベイ、ジェラルディン・ベイとともに活動を始め、ホレス・シルヴァーやゲイリー・バーツ、スタンリー・クラークらとも関わってきた人物。この作品は、その歩みの中でも、ジャズとソウルの接点をかなり明確に示した時期の記録になっている。
録音と制作
録音は1973年7月26日と9月19日、ニューヨークのRegent Sound Studios。リミックスはAtlantic Recording Studiosで行われている。プロデュースとアレンジはウィリアム・S・フィッシャーで、彼自身がエレクトリック・ピアノやシンセサイザーなどの鍵盤も担当している。参加メンバーにはウィルバー・バスコムのスラップ・ベース、セルワート・クラークのヴァイオリンとヴィオラ、ジョージ・デイヴィスのギターなどが並び、編成の時点でジャズ・ファンク寄りの手触りがある。単なる伴奏ではなく、ベイの声を中心に据えたアンサンブルの設計がはっきりしている。
盤面には「℗©1974」「Printed in U.S.A.」の表記があり、AtlanticのUS盤らしい70年代前半の仕様。レーベル面の意匠も、同時期のAtlanticの流れをそのまま映している。
作品の内容
本作でまず耳に残るのは、冒頭の「Celestial Blues」。この曲はベイ自身の曲で、以前にゲイリー・バーツの作品で録音されていたものを、自身の歌で改めて取り上げたものだ。ここでは、フレーズの伸ばし方と語尾の置き方がかなり重要で、メロディをなぞるというより、声そのものがリズムを作っていく。深い声質に、鍵盤とリズム隊が細かく揺れるように寄り添い、曲全体が一定のテンポで進みながらも、ところどころで重心がずれる。
アルバム全体を通して、ブルースやソウルの輪郭は保たれている一方で、和音の置き方やリズムの運びにはスピリチュアル・ジャズの気配もある。インド音楽の影響を感じさせるという評価もあり、単純なクロスオーバーではなく、精神性を含んだジャズ・ファンクとしてまとまっているのが特徴だ。Bill Withers周辺のソウル・ジャズと比べられることがあるのも納得できる内容で、歌の温度とバンドの推進力が近い場所にある。
アンディ・ベイにとっての位置づけ
ベイは10代から活動し、1961年から1965年にかけて複数のアルバムを残しているが、『Experience And Judgment』はその流れを受けつつ、より1970年代のジャズ・ファンク文脈へ踏み込んだ作品として重要だ。ホレス・シルヴァーやマックス・ローチらの周辺で培ったジャズ感覚に、ソウルの身体感覚が重なっている。スタンリー・クラークの『Children of Forever』に参加していた時期とも近く、当時のフュージョン前夜の空気を共有している。
商業的には大きなヒット作ではなかったが、後年はレア・グルーヴやスピリチュアル・ジャズの文脈で再評価が進んだ。特に「Celestial Blues」は代表曲として扱われることが多く、この曲をきっかけにベイの名前へたどり着くリスナーも少なくない。1990年代以降の再発や再評価によって、当時の位置づけ以上に存在感を持つ一枚になっている。
同時代の文脈
1974年のAtlanticには、ソウル、ジャズ、ファンクの境界をまたぐ作品が多いが、この盤はその中でも声の存在感が際立つ。インスト中心のジャズ・ファンクと違い、歌が前に出ることで曲の意味が変わる。ベイのボーカルは、技巧を見せるためというより、リズムやハーモニーの隙間に言葉を置いていくタイプで、同時代のソウル・ジャズの中でもかなり独特だ。
『Experience And Judgment』は、アンディ・ベイという歌い手の個性が、ジャズ・ファンクの編成の中でどこまで広がるかを示した作品として印象に残る。声、鍵盤、弦、ベースがそれぞれに動きながら、ひとつのまとまりを作る盤。1974年の時点でここまで踏み込んだ形を残していたこと自体が、このアルバムの強さだ。
トラックリスト
- A1 Celestial Blues 3:20
- A2 Experience 2:58
- A3 Judgment 3:00
- A4 I Know This Love Can't Be Wrong 3:15
- A5 Hibiscus 4:58
- A6 You Should've Seen The Way 2:30
- B1 Tune Up 4:11
- B2 Rosemary Blue 3:29
- B3 Being Uptight 3:12
- B4 A Place Where Love Is 4:40
- B5 Trust Us To Find The Way 2:43
- B6 The Power Of My Mind 2:58